|
日本にいた頃、私はキュウリ、ナス、トマトが大好物でよく食べていた。アメリカに来て食材の違いに戸惑うことが多いなか、この三つは基本的には日本と同じである。ただ、キュウリとナスは日本のものと比べて2〜3倍位大きく、味も違うというだけのことである。(それじゃ、違うってことじゃない。)
この、基本的には同じものなはずなのに、食べると違うというやつが、人間は(私は、というべきか)生理的に許せないのである。もともと別のものならよかったのに、キュウリを食べていると思うと、五感が勝手にシャキシャキと歯応えや、しまりのある味を期待してしまって、裏切られた気持ちになるのだ。おまけに、こっちのキュウリは、洗うときにこするのも気持ちが悪いほどベタベタにワックスがついているし、間違ってキュウリの塩もみでも作ろうものなら、ワカメのようにやわらかくなってしまうのだ。そんなわけで、私はアメリカのキュウリが許せず、日本のキュウリに焦がれるあまり、こちらに来て一年間くらい、殆どキュウリを食べなかった。
同じ様にしてナスも、こっちのは巨大で(日本で出ている米茄子より大きいと思う)、ぶかぶかの大味で、見るからに不味そうなのだ。私はこっちのナスを日本料理や中華料理には使う気がおこらず、イタリア料理系のものに使うぐらいだ。
そして、トマトである。トマトは、見た目も味も、さして変わらない。それなら何が問題なの、と思われるかもしれないが、実は私は、こっちのトマトに期待していたのだ。アメリカなら、さぞや美味しいトマトが安く買えるに違いないと、楽しみにしていたのである。ところが、こっちのスーパーでそれ程安くもなく売られているトマトは、色も悪くて不味そうで、実際にいま一つだった。比較的高めのトマトは、悪くはないが、感動するほど美味しい訳でもなかった。来た早々に私はこちらのトマトに失望してしまったのだ。
思うに、日本人はトマトをトマトを主役として味わって食べる習慣があるのではないだろうか。桃太郎トマトとか◯◯トマトとか、トマトの美味しさにこだわりがあるような気がする。居酒屋にだって、殆ど必ずトマト・スライスの類があるし。こっちの人は、トマトなんて、せいぜいハンバーガーやサンドイッチのなかに薄くスライスして挟んで食べる程度の重要度(って言うとオオゲサ?)で、サラダにしてもトマトは脇役なのだ。(イタリア系のトマトはまた別。)
それじゃあ、アメリカでは、おいしいトマトはたべられないの?というと、そんなことはなく、車を走らせて田舎のほうの Farmer's Market に行けば、スーパーマーケットで買うよりは美味しくて安いトマトが買えるらしい。らしい、というのは、私はまだ一度もそういう所へ行ったことがないからだ。そう、日本のキュウリやナスだって、日本の食材屋さんに行けば売っている。ただ、高いだけのことだ。(だから、買う気にならない。)しかし、どこかしらに道はあるもので、頑固にキュウリなしの生活をして二年目の夏、私は家の近所に毎週木曜日の午後Farmer's Market がやってくることを発見した。何軒かの農家が、それぞれトラックでやってきて、軒を並べて出店をするのである。そこで、オリエンタル・キューカンバーと、へたの黒い細身の(濃い紫というんでしょうか)ナスを見つけたときの感動。トマトも見るからに美味しそうなのを安く売っていた。早速買って帰って、キュウリもみを作り、茄子は揚げびたしにして、久々に懐かしい味にありついた。トマトももちろん、美味しかった。
このFarmer's Market は、寒い間はやらないが、夏の間は重宝である。他所は知らないが、Brookline に住む人には、おススメだ。場所は、Coolidge Corner から Beacon St.をちょっと西へ行った所にあるFleet Bankの裏手の、道を隔てた向かい側にある駐車場の中だ。さて、慣れとは人間が生きていく上で大切な能力で(何を大袈裟に書いているのか)、こちらに来て三年が経とうとしている今、私はあんなに忌み嫌っていたアメリカのキュウリを食べるようになった。
Home | Back | Next | |
![]() ![]() |