「皿男/電話の幽霊」他

 休みだというのに暑い中をいつまでも経巡り歩いてやっと代官山の彼女の言う目的地に着いた。結果日はとうに暮れて、道脇の茂みの陰から夜に沈んでゆくようだった。
 私たちは老朽化も甚だしい旧式なアパート郡にいた、どれも同じ建物が少しずつずれながら縦に並び私たちはその脇を進んで中庭に出た。ふいに高い悲鳴が聞こえた。女の声だった。続けざまに何度かあがった悲鳴に急なことで空気の揺らぐ感はあったが、私の腕を掴み締めた彼女に続いて、私にもその声が何であるかはすぐ分かった。建物の二階にひとつだけ明かりのついた部屋があり、声はそこから漏れている。内からの明かりで、窓のたてつけの粗末さが容易に見て取れた。磨硝子に影が映る。
 中の女があられもなく喘いでいるのだった。無遠慮によく通る高い声は中庭全体に響きわたっていたが、艶かしく濡れたような声ではなく、寧ろヒステリックで鋭く、切れ切れにかすれていた。幸子が私の腕を掴んだまま歩きだした。中庭を出ていくつかの石段を降り、駅に向かう坂道に出た。両側に高い石垣が黒く、私たち二人は暗い穴の底にいるようだった。早足に歩きながら幸子が、私もあんな声をあげるの、と聞いた。


1