「皿男/電話の幽霊」他

 この部屋は二階にあり、ドアを開けると土を敷き詰めて三和土のようにした小さなベランダから下の裏庭へと梯子がかかっている。私の家は東側が裏庭になっていて、この部屋からは向うの竹薮までが一望の下に見渡せるが、中程に何だか分からない変な樹が一本立っている。やたらに大きくて、白っぽく少し紫がかったような嫌に滑らかな肌をしていた。私はそこに登って躰中かぶれたことがある。
 私は部屋の床に転寝していたので言い争いの声に気付かなかったが、二人は随分前からそこにいたようである。ドアを開けて三和土に出ると、黒いシャツを来た男は曖昧な発音の割に妙に早口で、何を言っているのか殆ど聞き取れない。もう一人は、私も何度か見かけたことのある印度人で、あれが正装なのだろうかいつも皙白な美しい詰襟をきちんと着て、象牙色のターバンの額には小さな赤い宝石を留めていた。妻子があるのか私は知らない。
 シャツの男は日本人らしく、喋り続けていたのは彼の方だが、その口調にはどこか弁解がましいところがあった。男は大きな樹の幹に凭れて、私にはその印度人の白い背中しか見えないが男がひとしきり話し終わる度に、印度人は少しずつ男に詰め寄ってゆくようだった。その背は不自然に強ばり、彼の手に白く短い刃物が握られているのが見えた。
 私は覚えずこの光景を凝視していた。昔はここに東西に延び広がった大きな駅があり、波が打ち寄せ、その波打ち際に一枚貝や富士壷のはりつく防波堤のように、石灰の土台は海の水に少しずつ削り取られ、ああ私は戦争を思い出す。夜明けに階下の洗面所の窓から見ると、まだ冥い西の空に大きな花火があがり、赤い炎の塊がゆっくりと森の陰に消えてゆく。飛行船が撃ち落とされたのだ。私の傍らに父が、おまえはあれに乗ってはいけない。おまえは飛行船に乗ってはいけない。あれは冗談めかして膨れた腹の内側で、この世を呪っているのだ。

 私には彼の燃える眼球に、夥しい呪詛の湧き返るのがはっきりと見えた。彼の額に輝く赤い星のように。


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