葡萄の匂いがする。長い悲鳴が聞こえる。
そうだ、私は思い出す、これは私が五歳のとき、当時住んでいた祖父の家の近所で起こった殺人事件だ。私とよく遊んでくれた男の人が、彼は二十歳を過ぎていたが子供の頃日本脳炎に罹って既に殆ど精薄であり、言葉も覚つかなかったが、通りすがりの外国人に白昼の路上で刺し殺された。
私がその事件を知ったのはたまたま耳に入った祖父母の会話からだったし、父母はその詳細を私の目から隠そうとしたので、事の顛末は全く憶えていない。私が憶えているのは、彼の坊主頭と優しい顔だちと、ゆっくりと何度も頷きながら庭を歩く、背の高い後姿だけだった。いつも微笑んでいた。
その庭の木に私が登って、彼が笑いながら木の幹を揺らす素振りをしていたことを思い出す。彼は母親と二人暮らしだった。事件の後暫くして、母親はその木で首を吊って死んだ。