私は何処かの建物の部屋の中で人と口論になり逆上してバットを持ち出した処までは憶えているが本当に殴るつもりはなかった。その後どうなったかまるでわからない。部屋の隅に古い蓄音機が据えてあって次第に激昴してくる私たちの言葉の間々に、思い出したように掠れた音を鳴らしていた。
私は一人でその建物を出た。
体育館にはバドミントンのコートがいくつも設らえてあって、皆練習に励んでいた。この体育館は講堂を兼ねていて奥に簡単な舞台が見える。舞台の上で数人が動き回り、芝居の練習らしく短い一連の動作を何度も繰り返していた。入口脇に卓の上の電話が鳴る。反射的に取ってしまった。遠い連結音が繰り返し聞こえ、低い男の早口が続いたが声がこもって何を言っているのかわからない。向うに見える芝居の筋が段々とはっきりしてくるのにつれて、男の言葉も明瞭になってゆくようだった。電話機には白い釦が三つあり、真中を押すと男は急に、叱りつけるような口調でまくしたてた。
「あんたは自分が何をやったかわかってないようですけどね、そうしてる間にもあんたの立場はどんどん悪くなってるんですよ、汽車はすぐそばを掠めて行ったからいいようなものの」私は血に染まったスカートを思い出す。「壁を見てみなさい、あんたの悪行が全部書き連ねてある」右側の壁を見ると、体育館の壁が柱ごとに一枚一枚、端から順々にはがれてゆく。バドミントンの選手がその一枚ごとに一人ずつ壁に凭れて、倒れる壁板と一緒に外側に落ちて行った。
「人殺し!」怒鳴って、電話が切れた。