アメリカにないもの
アメリカには、およそ何でもあるし、日本には無いスグレモノも沢山ある。しかし、日本では、何気なく当り前にあったものが、こちらには無かったりして、不便を感じることがあるのもまた、事実である。

その頭が、記用具である。どうしてこれが消しゴムといえるのか、と憤慨したくなるほど、こっちの消しゴムは消えない。消えないどころか、消すと紙が汚くなったり破けたりして、悲しいほどだ。アメリカ人は、鉛筆できれいに書く機会が無いのか、それとも字が26種類しかないので間違えにくいのか。日本なら、特別な消しゴムを買わなくても、皆そこそこに良く消えたのに。つまらないことだが、消しゴムのストレスは結構大きく、私は日本からMONOの消しゴムを送ってもらった。

それから、ノートである。大きさの違い(A4とB4)は問題では無い。もうこれは、文化の違いとしか言いようがなく、全く些細なことなのだが、こっちのノートは、「中味がどれも同じ」なのである。どう同じかというと、どれも青い横罫で左側に赤い縦の罫線1本、これだけである。ファイルするための三つ穴があるとか、破線がはいっていて切り取り易いとかいう違いはあっても、子供の使うノートも仕事で使うノートも、表紙こそ違うがあとはお〜んなじ、なのだ。それで、何が不便なの?と聞かれると、別に不便と言う訳では無く、自分でも馬鹿々々しいと思うのだが、もっと、かわいいノートがあって欲しかったのだ。日本では、ノートの中味のデザインははそれこそ星の数ほどある。紙の色も、罫線の色や巾も様々で、「あ、これ、かわいい!」とか「これ、ステキ」という理由でノートを選べたし、また、気に入ったノートを使うことが、勉強の励みになったりもしたものだ。それが、こっちでは、どれもこれも、所謂「大学ノート」、パックになった「Campus Note」なのだ。まあ、勉強は勉強。私の様な考え方は邪道で、勉強に遊びの入る要素は無いということなのだろう。ちょっと表紙に凝った変形ノート等は、中味はやっぱり罫線だけなのに、目玉が飛び出るほど高くて、日本の安くて素敵なノートが懐かしい。

その他、思い付くままにざっと挙げると、良く切れて爪の飛ばないケース付きの爪切り。こちらの人は何でも乾燥機で乾かすので、物干しがハイポ。(たとえば、日本ではよくある傘状の物とか、洗濯ばさみが付いた物とか。)「タンブラー乾燥はお避け下さい」とある日本製の衣類を、洗濯紐で干そうと思っても、その紐を掛けられるような鴨居も柱もない。日本にある様な洗面器も無い。それからよく言われるのが、日本人には多いゴマ耳の人のための耳かき。(こちらは、アブラ耳が多いのだそうです。ゴマ耳とアブラ耳では、アブラ耳の方が優性遺伝します。)日本で言うところの「スリッパ」と「つっかけサンダル」。

あと、こちらには無いけれど、全く困らないのが、(女性用の綺麗な)ハンカチ。こちらでは、御手洗いには必ずペーパータオルかドライヤーがあるし、外食する時などちょっと膝の上にハンカチを掛けたいようなシーンでは、紙か布のナプキンがあるので、私は持っては来たハンカチを全然使っていない。むしろ、ハンカチの使い方として、こっちの男の人がハンカチで盛大に鼻をかんでポケットに戻すので驚いた。

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