やっぱり眺めがきれいだなぁ。母さんの言ってたとおりだ。
この街に来れてよかった。友達もできたし、先生は優しそうだし。
碇シンジは目が覚め外の空気が吸いたくてここにきた。
ちょっと、高台になっている『居酒屋ゲンさん』の裏手に腰をかけている。
シンジの視線の先には、旅客船が華やかに光を放ちながら航行している。
心地よい夜風にシンジはまた安らかな眠りにつこうとしていた。
アルコール度数40近い焼酎でシンジの意識はもうろうとしているようだ‥‥‥‥‥
ミサトも手加減せずよくもいきなり焼酎なんか飲ませたものである、まぁ、しょうがないけど。
同じ頃もうひとり、同じように腰をかけただじっと海を見つめている者がいる。
こちらは、シンジに気づいているようだが‥‥‥‥‥
となりのトリオ Walking:06 嵐の、あと
「そうなんですか、シンちゃんって案外かわいいとこありますね」
「そうでしょう、まだあるわよ。聞きたい?」
「はい!」
私と碇くんのお母さんは妙に気が合いシンちゃんの小さい頃の話しに花を咲かせていた。
ホント、いいなぁ〜〜お母さんってこんな感じなんだなぁ〜〜
『ちょいちょい』
何かが私の背中をつっつく。振り返るとヒカリだった。
あっ、この顔、なにかたくらんでるわね、用心しなくちゃ!
「どう?レイ、碇くんの情報ちゃんと入手してる?」
「な、なにいってんのよ〜〜!ヒカリったらぁ。ヒカリだってうまいこと鈴原とやってるじゃない」
「わ、私は別に何も‥‥‥そ、そう、委員長として公務で来たんだから。葛城先生に頼まれて‥‥‥そ、それに鈴原たちの行動を監視するために‥‥‥」
「はいはい、わかったから。で、どう?」
「どう?って‥‥‥全然わかってないじゃないの、もぉ〜〜」
「まっ、鈴原君も筋金入りの鈍感だもの、苦労するわよ」
「そんなこといって、いいわね、レイは」
「でも、シンジも案外鈍感だし、あなたもきっと苦労するわよ、レイちゃん」
「お、おばさま、いつのまに」
「あっ、私のことは気にせずお話続けてちょうだい」
続けてちょうだいって言われても‥‥‥もしかして、ずっと聞いてたのかなぁ、私とヒカリの話。
たぶんそうだわ、妙にすんなりと会話に入ってこれたもの。
でも、鈴原君はともかく、シンちゃんも鈍感なんだ。
まっ、あのおじさま見る限り気が利いてるとか思えないものね。
『あなたもきっと苦労するわよ、レイちゃん』
私が苦労する‥‥‥‥‥それって、もしかして‥‥‥‥‥
おばさまったら、なにを言い出すのよ、もう。
やっぱり私はからかわれやすいタイプなのかなぁ。
でも、ちょっぴし焦っちゃった。いきなり、核心に近づいてきたんだもの。
「うう〜〜ん!」
小一時間ほどの睡眠のあとシンジは再び目を覚ました。
思いっきり背伸びをしながらとなりを見たシンジは驚いた。
な、なんと、綾波メイが気持ちよさそうに寝ているのである。
今まで見た中でもっとも優しい笑顔で‥‥‥‥
メイを知っている者が見たら驚くであろう、普段の無表情からまったく想像の出来ない寝顔であるのだから。
シンジはとなりにメイがいるというのに余り動揺しなかった。
いつものシンジは、こういう状況に出くわしたら、とっさにうろたえそのいいわけを一生懸命探しているはずだったのに‥‥‥‥
(可愛い‥‥‥)
心の中でそう呟いてみたりもする。
シンジは横向きに座って横になり芝生に片肘をつき、手の上に顔を載せてぼやっとレイの顔に見惚れていた。
そして、彼女やレイと初めて会ったときからのことを回想していた。
『じーーっ』
ヒカリ曰く、“相田くん怖い” まさにその通りであった。
相田くんこと、ケンスケは休む間なくカメラを回していた。
たしかにこの状況この少年にとっては宝の山である。
ケンスケ達以外、まだ誰も見たことのない先生!これがミサト先生以来のヒット間違いなしときているからだ。
とても、中学生の子持ちとは思えないような若さ、容姿、性格、どれをとっても申し分ないとケンスケは判断していた。
子持ちというところで、一部の人妻ファンにも販路が見いだせると期待していた。
さらに、もう一つ。学内で人気ナンバーワンの綾波レイのほろ酔い気分で開放的になっているシーン。
屈託のない笑顔や、誰にも分け隔てなく接する態度で定評あるレイ(それによって泣かされた男もさぞ多いであろう‥‥‥)の、できあがった顔なんて誰も見ることができないだろう。
そういう点で、この特ダネを手にしたケンスケは幸せの渦中にいるかもしれない。
デジカメのプリント紙の見積もりでもしながら‥‥‥‥‥
なにやら不敵な笑みももらしている。まだ、なにか握っているのであろう。
片割れのトウジはというと‥‥‥‥
意外にもゲンドウと意気投合して飲んでいた。
トウジはちょくちょく『居酒屋ゲンさん』にきて、コウゾウと飲んでいたので別に不思議ではないかもしれないが‥‥‥‥
しかし、トウジは『高校生なのに飲み屋に通ってるのか』とのお叱りを受けるかもしれないが何か深い事情があったのかもしれないので触れないでおこう。
やはり、トウジは男の中の男、あのゲンドウを見て驚くことなく受け入れたのだから。
あの無表情に赤いサングラス。そして、たまに見せる不気味な笑み。
知らない者が見たらきっとおそれるであろう。
「えっ、でもぉ〜〜」
「いいからいいから、そんなに難しく考えないで、ねっ」
「はぁ、でもどうして、私が‥‥‥」
「以前いた所では教師やってなかったからよかったんだけど‥‥‥」
「わかりました」
「そう?ありがとう。お隣どうしだしちょうどいいでしょ?」
「そうですねっ」
「ありがと、でもよかったレイちゃんが引き受けてくれて」
「えっ、そ、それは‥‥‥」
私はまたもやあせってしまった。あんなこと頼まれたばかりなのに‥‥‥‥‥
な、なんかやばそう。さっさと話題変えなきゃ!
「でも、どうして今頃になって転入してきたんですか?」
「よく聞かれるの、それ。でも、話すと長くなるからやめとくわ。それより、明日、よろしくね」
ああっ、どうして、そこでその話が出てくるのぉ〜〜。
でもっ、明日、たのしみだなぁ。
碇くん‥‥‥‥‥
あれっ!シンちゃんどこいったんだろう?
どこにもいない!
あっ、お姉ちゃんもいない!
もしかして‥‥‥‥‥
第7話 【いつもと違う朝】 へ続く