まさか‥‥‥‥あの帽子泥棒のことじゃあ‥‥‥‥
となりのトリオ Walking:01 待ちなさーい (C)
「はじめまして、碇シンジです。‥‥‥‥」
あいつが、こっちを見てきた。私は引きつった顔で、精一杯の作り笑いをした。
私は席を立つと駆け寄ろうとした。なぜかわからない。自然にからだがうごいてしまった。
普通の人から見たら会ったばかりの転校生に、しかも授業中に駆け寄っていったなんて奇異にしか映らない。
けど、このとき、私には理性というものがなかったのかもしれない。どういう、理性かは、わからないけど。
私が駆け寄っていこうとしたらあいつは一歩引いた。そこで思わず、大声を出してしまった。
「待ちなさーい!」
あいつは一瞬ビクッとした。
「ご、ごめん。あのときは・・・・・・・」
あいつも視線を気にして弁解をやめてしまった。
みんなの視線がじりじりとくる。
私はここにいるのがいたたまれなくなってそのままあいつの手を取って教室から走り出していった。
「なんやったんや、あれは‥‥‥」
「さ、さぁ‥‥‥」
トウジとヒカリは呆然としたまま見ていた。もちろん他の者も、みんなそうではあるが‥‥‥。
我に返ったミサトが感想を一言。
「へぇ、あのレイがねぇー‥‥‥‥‥」
そのとたん、みんな口々に近くの者と話し出した。
「レイもなかなかやるわね」
「うん、ほんとほんと。でも、あの転校生いいわね」
「ねぇ、メイさん。メイさんはあの人知ってるの?」
「ええ‥‥‥」
「ほんと?それ」
「いいわね」
クラス中のあちこちで会話が起こる。
ヒカリもちょっと遅れて我に返る。
「ちょっと、静かにしてください。授業中です」
「でも、今はホームルーム中っちゅうたんやないんか、ねぇミサト先生」
「え、そうだけど。‥‥‥これはおもしろいことになってきそうね」
「先生っ」
ヒカリの口調に驚いたミサトが一瞬背筋をまっすぐに伸ばす。
「いいのいいの、うちのクラスはよそのクラスの授業よりだいぶ進んでるから」
「そうじゃなくって、レイのことです」
「そのことね。それは、当人同士で解決するのが一番じゃない?事情を知らない私たちがいってかき回すより」
「それは、そうですが‥‥‥」
たしかに、ミサト先生の言うことにも一理あるけど。レイ、一体なにがあったんだろう。
「はあっ、はあっ、はあっ」
私たちはいつの間にか屋上まできていた。
「ごめん」
「えっ?」
「あのときの帽子うちにあるから帰りに取りに来てよ」
「ああ、そのことか。あたりまえじゃない、あれ私のお気に入りのなんだから」
「うん、よく似合ってると思うよ」
「そ、そうかなぁ」
私は、あせってしまった。ヒカリにはよく言われたことあるけど、男の子に言われたのって初めてなんだもん。
もう、どうでもよくなちゃった。それから手すりにもたれていろんな話をした。なんで、トラックの荷台に乗ってたのかとか。
どうしてだろう、とってもうれしい気分になってきた。男の子と話していて楽しいって思うことはあるけど、うれしいって思ったことなかった。
もっとも、今まで男の子とつきあったことってなかったからよくわかんないけど、こんな感じなのかなぁ。
って、なに考えてんだろう、私。
「ねぇ、そろそろ戻らない?もう一時間目済んじゃったみたいだから」
「もう、済んじゃったの。うん、わかった」
そして、わたしたち、つまり私と碇くんは屋上のドアの方へ向かって歩き出した。