「ねぇ、父さん、あとどれくらい?」
「疲れたのかシンジ」
「もうすぐよ、ほらあそこ国道の斜め前の方に広がってる街。あそこが今日から私たちの住む街になるのよ」
「へー、海が見えるね」
「ほんと、きれいね」
「ああ」
ぼく、碇シンジは父さんの転勤で一緒に引っ越しすることになった。そう、この目の前に広がる大竹市へ。
父さんは大学で教授をやっている。そして、このたび大竹市立大に赴任する事になった。以前いた上越から‥‥‥‥
あそこは寒かった、それだけしか記憶にない。思い出しただけでもふるえてくる。まっ、せっかく暖かいところへ来たんだからそんなこと、思いださなくってもいいか。
それにしても、いい天気だなぁ。
僕は今トラックの荷台に載っている。引っ越しの荷物と一緒に。今の時分引っ越しなんて業者に任せればすぐなのに、それを父さんはいつの間にかトラックを借りてきて、これで引っ越しするって言い出した。
ぼくは反対したけど、乗れないからって荷台に乗せられた。ぼくが反対したのはトラックでの引っ越しだって言うのに‥‥‥‥
母さんもなに考えてんだろう、まったく。『あら、懐かしくていいじゃない』 とか言い出して。
そんなことを考えながら、思いっきり手を伸ばした。
う〜〜ん、やっぱ気持ちいいや。
となりのトリオ Walking:01 待ちなさーい (A)
信号が代わり、トラックが低いうなり声をあげゆっくりと発進する。
ぼくは手を引っ込めようとしたんだけど何かが手に引っかかっていた。
手に持ったものを見ると白い帽子だった。
ゆっくりと後ろを振り返ると一人の少女が何か叫んでいる。
ああ〜、かわいいな。でもなんて言ってんだろう?
ぼくは手に持ったものが飛ばされそうになってにぎりしめる。
はっ、まさか!この帽子のことじゃぁ‥‥‥‥
ど、どうしよう‥‥‥‥
トラックは少女からどんどん離れていってもう見えなくなっている。
それは、私がヒカリのうちへ行った帰り。
もう、信じられない!信号待ちで止まっていたら、いきなり手を伸ばして帽子とって行っちゃった。
あれ、私のお気に入りだったのに‥‥‥
私の帽子とったあいつ、こっち向いて 笑っていた。
それも、トラックの荷台に乗っていたんだから。なんか、変なやつ‥‥‥‥って感心している場合じゃないわ、ほんとに。
怒ってもどうしようもないのでそのまま家へ帰ることにした。
でも、結構かわいい子だったな、はっきりとは見えなかったけど。
そのとき、ヒカリが行ってたことが頭に浮かんでくる。
『明日、転校生が来るんだって。それも男の子、けっこうかわいい子らしいわよ』
かわいいって、男の子はしっかりしたこの方がいいじゃん。でも鈴原みたいのはちょっとね‥‥‥。
この最後の一言は私の心の中でつぶやいた。ちょっと笑みをもらしながら。
そこで、私ははっとする。
ま、まさか、あいつじゃぁないわよね。うんうん、絶対ちがう。
私はなぜか、思いっきり否定していた。『あいつ』 とは、もちろんさっき私の帽子を取っていっちゃったやつ!
自転車を降りて車庫に入れる。それから私は店の中に入っていった。
「ただいま」
「ああ、おかえり」
「おかえり、メイちゃん」
「いらっしゃいませ、でも、私はレイだよ」
「おっと、ごめんね。でもよく似ているからな」
「いいですよ、別に。ごゆっくりしていってくださいね」
「ありがと」
「レイ、着替えて手伝ってくれないか」
「うん、いいよ。ちょっと待っててね」
そう言って私は二階の自分の部屋へ駆け上がっていった。