第2話 記憶  第2話 記憶  (改訂版)Ver2.01

   −ミサトの車の中−

ミサトはいつものように車を走らせている。ミサト本人としては、車を運転す
ることは楽しいことであるはずである。しかし、今はその素振りをまったく見
せない。当然といえば当然であるといわざるをえない。それほどショッキング
なことであった。零号機の自爆、レイの生還、セントラルドグマ、ダミープラ
グ、ダミーシステムの秘密‥‥‥‥‥ミサトは顔を前に向けたまま横目でシン
ジの様子を確認する。シンジは自分の手を見つめたまま俯いている。顔の表情
は良くわからない。ミサトは車を止めた。そしてドアを空け車からおりる。

「さっ、シンジ君」

そう言ってシンジにうながす。

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥、なーぁに辛気くさい顔してんのよ」

「‥‥‥‥‥」

「いい眺めね、って言っても前と比べるともの寂しいけど‥‥‥‥‥私だって
つらいのよ、あんなもの見せられた後だもの。私も知らなかった」

ミサトは以前シンジと一緒にきた丘のうえで街を眺めていた。かつて山だった
ところには使徒との戦闘でできた湖が悠々と水を湛えている。それでも街の明
かりは以前に比べて勝とも劣らないほどきれいであった。それは昂ぶっている
心の怒りをおさめてくれる。怒りと言うべきかどうかはわからないがとにかく
心が落ち着いてくるのがわかる。

「ミサトさん‥‥‥」

「そんな、世界一不幸な14才ですって顔しないで、笑わなくっちゃ。シンち
ゃんまでそんな顔してたら私までつらくなっちゃうじゃない」

「すみません」

「いいのよ、シンちゃんが悪いんじゃないんだから‥‥‥。あの街をごらんな
さい。あれだけの戦闘が行われていたというのに明々と灯をともし、自分たち
がここで生きているということを示そうとしている。そして今を一生懸命生き
ようと努力している」

「‥‥‥‥」

「みんな、心の底でどう思っているのかわからないわ。でもそうやって少しで
もいい方にみて自分を納得させるの。楽観的かもしれないけどそういうことも
大切なの。悲観的になってばかりでは心の中が無意識に行動にあらわれるの。
その結果、必要以上に現実を意識して、焦り、諦めが生じ、自分の思考、行動
に障害がでてくる。そしてさらに悲観的になる。その繰り返し」

「‥‥‥‥」

「私の場合はそうじゃないけどね。でもシンジくん、あなたの場合はそれが当
てはまるの。私が言いたいことわかるでしょ。あなたはどうすればいいのか」

「‥‥‥‥はい」

「無理に今すぐにとは言わないわ、シンジくんが良く考え自分に決着がついた
らでいいから」

「‥‥‥‥わかりました」

「さってと、帰りましょうか、私たちのうちへ」

「はい」

二人は車に乗り込み、自宅へとむかう。ミサトの表情はさっき運転していたと
きとあまりかわらない。しかしシンジの様子は幾分か良くなったように思われ
る。エンジン音のみが車内に消える。シンジは一人考えに耽っている。

綾波‥‥‥どうやって彼女に接していけばいいんだろう。ミサトさんの言いた
いことはわかる。でも‥‥‥ぼくは彼女のことが好きだったのかもしれない。
好きというのはともかく惹かれていたのは事実である。以前はなにか近寄りが
たい存在だったが、最近は綾波のことが少しずつわかってきたような気がする
。というより綾波の言動に変化があらわれていたのを僕自身も認識していたの
である。少しずつやさしくなってきたような、そんな感じだった。昨日病院で
あったときにはぼくのことは忘れていた。知っていたのかもしれないがそんな
素振りは見せなかった。初めて会ったときの綾波に戻っているのかもしれない
。だが‥‥‥‥いったい綾波は何のために存在しているのだろう。エヴァに乗
るためだけなのか。父さんは、ネルフは一体何をしているのだろう。リツコさ
んはそのことを教えてくれなかった。

僕はなぜこう冷静でいられるのだろう。ほんの1時間前にあんなことを知った
ばかりなのである。普通の人間は驚いたり何らかのあまりよくない感情を持つ
だろう。たしかに僕もセントラルドグマで事実を知ったときは少し驚いていた
のかもしれない。しかし、今はなぜこう冷静に考えることができるのだろう。
もしかしたら少しぐらいのことではもう体が、心が慣れてしまったのかもしれ
ない、今までの戦いで。しかし今僕に知らされている事実はそんなレベルのも
のではない。僕は人の心を失ってしまったのだろうか。ミサトさんと暮らすよ
うになって家族、人と人とのふれあいというものが少しわかってきたような気
がしていた。‥‥‥‥だが、それは僕の妄想にすぎなかったのかもしれない。

「着いたわよ、シンちゃん」

ミサトの声で現状を認識する。

「はい」

そうとしか答えれなかった。なにかミサトさんに言いことがあったのに‥‥‥
また自分が嫌になってきた。そんな僕の様子を察してかミサトさんが僕に声を
かける。

「今日は風呂に入って、寝なさい。そして明日じっくり考えなさい」

「はい」

それから僕とミサトさんは部屋のなかへ入り僕はそのまま風呂に行く。風呂の
なかでは何も考える事無くただぼーっとしていた。とても心地よかった。ずっ
とそうしていたかったが夕飯を作らなくてはならなかったからもう出ることに
した。夕飯というにはかなり遅いが、なにか食べなくてはお腹が空いている。
リビングにいくとミサトさんはカップラーメンを食べていた。テーブルの上に
はもうひとつ置くてある。

「シンちゃんも一緒に食べたら。今日はもう遅いんだから」

「はい、ありがとうございます」

そういって僕は泣きだしてしまった。今までも本当は泣きたかったのかもしれ
ない。しかしそれができなかった。できなかったというより、きっかけがなか
ったのだ。そして今ミサトさんのやさしさにふれ急に涙が出てきたのである。
きっかけは些細なことであるが僕も自然と涙が出てきたことがうれしかった。
僕の心はなにか暖かいもので満たされていき、そのままミサトさんに抱かれた
まま眠ってしまった。それは束の間の安息であるのかもしれないが‥‥‥‥



   − ネルフ本部付属病院隔離病棟303号室 −


「面会謝絶」という鑑札がかかっている。だが、だれも見舞いにきた様子はな
かった。部屋の隅にある花瓶には花は生けられていない。その中に一人の少女
がベッドに横たわっている。体のあちこちにセンサーの端子が付けられ、手に
は点滴針、口の辺りには人口呼吸器がつけられている。横たわっているという
表現は適当ではないかもしれない。遠巻きに見るとベッドに縛り付けられてい
るようである。部屋のなかは真っ白で、その中の赤い髪の毛が印象的である。
意味は違うかもしれないが、紅一点という言葉が当てはまりそうである。



   − 同第2神経内科医局 −


「‥‥‥‥おそらくはMAGIの判定通りでしょう」

「そう」

「どうしますか?」

「このことはこれより機密指定にいたします。ネルフ本部への報告はこれを」

「わかりました」

「このことは私の権限で行います。他言は無用です。外部には漏らさないよう
に、お願いね」

「はい、しかし彼女の病因は精神的な、ものですからねぇ。時間はかかります
。それに私たちの力では限界があります」

「わかっているわ、でも使徒殲滅が最優先です」

「はい」

「それじゃぁ、後頼むわよ」

「‥‥‥‥」






Next Change

そして...変わりゆくモノに戻る

感想、質問等は 掲示板 送信フォーム E-Mail でどうぞ!

1