ルリ、心の向こうで −第2話−


   西暦2195年、謎の戦艦が木星より飛来し、火星と月を占領。
        地球は大敗北を喫してしまった。
 
   翌年、就航したのが新造戦艦ナデシコ。
        だが、その艦長は19歳の女性、御統(みすまる)ユリカ。
        そのほかの乗務員も若輩者ばかり。
 
   火星育ちで、前年の第1次火星戦の生き残り、天河明人もその中にいた。
 
   人々の不安を背負って、ナデシコは 旅立つ。
       敵の正体も不明な、お先真っ暗な旅へ。
       ‥‥だが、意外と艦内は明るかったりして。
 
 
   そんな中ある者は語る、「ほんと、バカばっか」
 
 
 
  
     ――――――――――――――――――――――――
 
       Martian Successor 機動戦艦ナデシコ外伝
        N A D E S I C O  『ルリ、心の向こうで』
  
     ――――――――――――――――――――――――
 
 
         −第2話− 『思兼の思うところ』
 
 
 
 
 
 自分の部屋に戻ったルリは、服を手早く脱ぐと、服を洗濯機に放り込んだ。

ナデシコの自動クリーニング・システムは、シャワーを終える頃には、糊づ

けでアイロン掛けした状態で、クリーニングを終えていることだろう。
 
シャワー室にはいったルリはバルブをひねった。

ルリは、少しも表情を変えることはなかった。

水滴をかぶったルリの髪が、光に照らされて銀色に輝いた。

ルリの若々しい肌は水滴をはじき、冷水が筋となって伝い落ちた。
 
シャワーをかけるルリの手が止まる。
 
 ルリがメグミに聞いた話によると、ナデシコクルーの間で、ひそかに『第

1回ナデシコ・ファンコンテスト』なるものが行われたそうだ。

そこで、ルリは結構上位にランクされたらしかった。

もちろん、そのことを聞いてのルリの感想は、「バカばっか。」というものだった。

が、ルリとしても全く気にならないといえば嘘だった。

(アキトさんは誰に投票したのだろう。艦長かな?それとも、メグミさんかな?‥‥‥そうだ)

自分に対してつぶやいたルリは、バルブをひねってシャワーを止めた。

シャワー室から出たルリは、しずくが髪からしたたるに任せて、バスタオル

一枚の姿で部屋のベッドに座り込んだ。
 
ルリと思兼が一つになる。ルリに施された、IFSを通じて。
 
「思兼、この間行われた『第1回ナデシコ・ファンコンテスト』の詳しい資料を用意して。
 
誰が誰に投票したのかまで。」

「人物名を特定しますか?」

「わたし、ホシノルリに投票した人をリストアップして」

スクリーンにたくさんの人の名前が表示されていく。

(ない、アキトさんの名前がない。やはり艦長かメグミさんかな)

それから、悲しそうな顔をするルリ。

(どうしてせつなくなるんだろう。どうして心が痛むんだろう)

(‥‥‥‥‥‥‥)

(心が痛む?それどういうこと?)

「思兼、心が痛むってどういうことなの?」
 
しばらく沈黙、思兼もなにも答えない。迷っているようだ。
 
そしてふいに、

「わかりません。でも『恋する乙女』に発生する共通する症状です。」

「恋する乙女?」

「はい」

「ワタシがそうだというの?」

「わかりません」

「そうよね」

(思兼も作られてまだ2年ぐらいから、大人をよくわからないみたい。)

「そうだ、アキトさんが誰に投票したか教えて」

「誰にも投票していません。」

「ほんと?」

「間違えありません」

ルリの顔がぱっと明るくなる。
 
「思兼、私が今まで関わった男の人を表示して」

新たなスクリーンにはナデシコ・クルーの男性名が表示される。

「その中で、仕事以外で関わった男の人を表示して」

スクリーンには一人の名前が表示される。

「テンカワ・アキト」 

( ピースランドの時、私を守ってくれた。でも、それは『プリンセス』としての私を守る『ナイト』だった。

 一日艦長コンテストの時、アキトさんだけがブリッジで私を見ていてくれた。

 そして拍手をしてくれた。‥‥‥‥)

(何? この感覚は。今までにこんな経験はした事がない。

 施設にいたときも、引き取られた後も、そしてナデシコに配属されてからも。)

再び何かが湧き上がる。今度は盛り下がる言葉が無い、とりとめない、今まで

感じた事のない想い。
 
「どうしたのですか?体温の上昇。顔の赤面。

 呼吸、脈の乱れあらゆる数値が平常値をかなり上まっています」

「なんだかうれしい、ただそれだけだけど」
 
動揺するルリ、今までの自分を取り戻そうとすればする程痛む胸。

「思兼、原因は?」

「医学的要因は認められず」

「それじゃぁなにが原因だというの?」

「わかりません」

「思兼、心理的要因は?」

「わかりました、調査開始します」
 
そのまましばらく沈黙、だがルリの顔はまだ赤い。
 
「今、シャワーを浴びてからのあなたの思考、発言、行動等を統合し精神医

 学データベースと比較した結果、特に重要な原因は認められず。ただ‥‥」

「ただ、少しいつもと違うような気がします」

「いつもと違う?」

「はい、ワタシは今まであなたと一緒に過ごしてきました。あなたと初めて
 会ったときの性格、行動、思考その他すべてワタシの心の中に残っていま
 す。というより残しています。」
 
ルリは少し驚いたようで、

「それは、学習機能かなんかで残っているの?」

「イエ、ワタシの意志で残しています。

 なくしてはいけない者だとワタシが判断したモノだからです。

 しかし、これらを残そうとすると他に障害が出ることがまれにあります。

 そのようなモノを持つようにプログラムされていなかったからです。

 プログラムにない行動が起これば、拒絶反応が発生することもあります。

 そのせいで、消去されようとしたところアナタとテンカワアキトさんに助けられました」

「まさか、あのときの‥‥」

「そうです、リセットに失敗して連合宇宙軍も蜥蜴も両方攻撃しました。

 思考が止まってしまったのです。戦闘に必要ないデータを保ちそのせいでバグ

 を起こしたと知れれば、初期化されると思ってダミーの記憶を残しました。

 アナタなら助けてくれる。そう想って‥‥自分が自分でいられるようにと」

「そうだったの」

「すみません、よけいなことを話してしまって」

「そんなことないわよ」

「それでは先ほどの結果をお伝えします。なにか処理に時間がかかってしまって」

「それで?」

「はい、アナタはテンカワアキトさんに恋しているのではないかと思われます」

「私がアキトさんのことを好きだというの?」

「わかりません、ワタシには‥‥‥人間では‥‥‥ないので‥‥‥、恋をし

 ‥‥‥たことがないので‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「どうかしたの?思兼」

「ここから先はワタシでは‥‥‥対処できません‥‥‥
 
(思兼にノイズが走る。原因は‥‥)
 
「ルリ、カウンセリングを勧め‥‥‥‥‥‥‥‥‥ま‥‥‥‥‥‥す‥‥‥」
 
そして、思兼とのリンクがキャンセルされた。

その途端ナデシコが停止し始めた。
 
「ぴーぴーぴー」

 警報音が鳴り出す。
 
(どうしたの?いったいないが起こったの?)
 
ルリが驚いているとスクリーンがあらわれた。ただし映像は映っていない。

ノイズが走っている。
 
「ルリちゃん、相転移エンジンが停止したの。どういうことなの?」

声からするとエリナさんだ。

「いえ、わかりません。すぐいきます」
 
ナデシコ、ブリッジにルリがあらわれた。

艦長もメグミさんもプロスペクターさんもきていた。
 
「どういうことなんでしょうか」

プロスペクターが言う。

ルリは席に着くと

「補助エンジン全開」

そうして命令を出した。

しかしおかしい。

コンソールは何の反応も示さない。

「もしかして、」

「どういうこと?もしかしてって、ルリちゃん」

艦長が訊ねる。

「思兼、システムダウン。

 エンジンが止まった原因は思兼の停止によるものだと思われます」
 
すると艦長が

「えっ、そんな、もし今敵に襲われたら?」

「ナデシコはまったくの無防備ですからね、きとやられちゃうでしょう」

ユリカが泣きそうな声で

「こんな時にどうしてあの説明好きが現れないのよ」
 
同時刻、その説明好き、すなわちイネスさんは部屋でお休み中。
 
「どうしましょうかねぇ」

プロスペクターが一人うなる。

「あれしかありませんかねぇ?」

「あれ?」

ユリカ、メグミ、ミナトは不思議そうな顔をしている。
 
すると、ゴートが

「しかし、あれは‥‥」
 
「ねぇ、あれって何よ」

ミナトがゴートにたずねる。
 
するとルリが、

「ほんきですか?」
 
「えぇ、それしか手はないでしょう。ううーん」

プロスペクターは考え込んでしまった。
 
そしてルリが、艦内放送マイクに向かって

「これより、機動戦艦ナデシコ手動制御に切り替えます。

 瓜畑さーん、いらっしゃいましたら至急ブリッジにきてください。

 それと思兼が停止しましたので艦内での直通通信は使えません。

 各自トランシーバーを使用してください」
 
 






Next Story

機動戦艦ナデシコへ戻る

感想、質問、誤字、脱字等は 送信フォーム E-Mail でどうぞ!

1