山梨の漁村
電車で勝沼まで旅行に行ったが、雪が降っていて、帰りまで止まなかった。勝沼での日程を終えるとまた電車で一人で帰ってきた。
勝沼の駅で電車に乗ろうとすると、東京までの路線は構造があまりに複雑で、どこに行くには何線に乗ってどこで乗り換えるということがよくわからない。勝沼の駅は丘の上にあるが、地上に5つと地下に7つのホームがあり、地上はほとんど雪に埋もれていた。寒いし、吹雪いてきたのでとにかく上りの中距離列車に乗った。
発車してからしばらくたち、ボックスシートでお茶を飲んでいると、窓の外に海が見える。よく見ると、電車はほとんど海面すれすれを走っていて、両側の窓に海が広がり、陸地はまったく見えない。これは何かおかしいというので、車内が騒然としてきた。
何か口篭もるような感じの車内放送があり、電車が急に止まった。止まった所は一応駅のようだが、海面から小高く突き出ている丘のような場所で、裾には波が打ち寄せている。一面に緑の草が生えているが、波が当たっている部分は黄色く変色していた。駅のある場所の隣にも同じような丘がもうひとつあり、2つの丘の間から潮が走り出して行くのが見えて、急に恐ろしくなってきた。
電車に乗っていた人は次々に丘に出ていって、辺りを見回している。メガホンを持った車掌が出てきて、しばらく停車するが、乗り継ぎの電車が来るのでそちらに乗り換えてくれと言った。その状況が、なんとなく遠足みたいだと思った。
丘の上から海を見ると、何艘かの漁船がやってきている。隣に立っていた人が説明してくれたのだが、この辺一帯は海面が上昇しているので、付近の人は自家の漁船を足がわりにしているという。漁船から降りてきたのは若い女性ばかりで、皆同じような長いブーツをはいている。目に止まった漁船を操っているのは彼女らの父と兄で、油に塗れて働いている様がとても哀れに思えた。ブーツをはいた女の子は皆遊びに行くようにしか見えなかったが、いつまでも漁船の所に留まって家族と話をしていて、一向に駅に向かう気配はなかった。
そのうちに波が高くなり、丘の中腹まで潮が上がってくると、乗り継ぎの電車が到着した。電車に向かうと、後ろから乗客が殺到してきて、流されるように最後尾の車両の席についた。
席についてみると、車内は思ったより空いている。後ろのボックスシートに坂本教授が座っていて、私に話しかける。
「私はこういう状況で人の間に滑り込むのが非常に巧い。よく人から『君は宙に浮いているようだ』と言われるのだが、自分でも時々、私は本当に宙に浮いているのではないかと疑うことがある」というようなことを言った。
後にした駅を見ると、まだ何人かが丘の上に残っている。教授は事情を知っているようだったので、あの人たちはどうするのか聞こうと思ったが、教授はもうどこかに行ってしまって、探しても見つからなかった。