12月17日(月)
〜豪州国立大学と国会議事堂見学〜●1、豪州国立大学生協で書籍購入
キャンベラ滞在も遂に折り返し地点。この日は、午前中に豪州国立大学(Australian National University, ANU)のキャンパスを訪れた。といっても、ANUのキャンパスはほぼ一つの地区(suburb)に匹敵し、複数の入口にも門があるわけでもなく、どちらかというと「街の一つを大学用地に指定した」といった感じである。ANUは豪州唯一の国立大学で(公立校は州立が多い)、全豪州からだけでなくアジアや日本からも留学生を受け入れている。キャンベラそのものが「公務員の町」である中で、ANU関連の居住者が市の人口に「彩りを添えている」ともいえ、在留邦人も多くはANU関係者(教授、学生)又は政府関係者(大使館、その他)なのである。
ANUの大学生協はキャンパスの北東部にあり、書店もまずまずの広さ。ここで、Campell and Lee『The Australian Judiciary』、Ronald Dwokin『Law's Empire』、Baylis and Smith『The Globalization of World Politics』、Antonio Cassese『International Law』等の英語書籍を買い込み、帰国後読むことにした。もっとも、著者や題目からわかるように、ほとんどの本は英米で出版されたものを輸入したものであり、豪州固有の専門書はやはり少なかった。●2、2度目の「大上海」飲茶
ANUでぶらぶらした後、昼食は再びディクソンの「大上海酒家」でとった。
飲茶の種類は以前と変わらなかったが、今回は平日のため店内は比較的空いており、中国人の他豪州人のビジネスマンも見られた(休日ともなると、どこからともなく現れた中国人の団体客や家族連れが増える)。客層に中国人が多いということは、それだけ味も確かだということであろう。
▲この日特に注文した「バーベキュー・ダック」(鴨肉)
●大上海酒家(New Shanghai Chinese Restaurant)(中華料理)
23 Woolley Street, Dickson ACT 2602
phone:02-6248-0068
Lunch:12:00-14:30(mon-fri), 11:30-15:00(sat, sun)
Dinner:17:00-22:30(mon-thr), 17:00-23:00(fri, sat), 17:00-22:30(sun)●3、国会議事堂見学
さて、この日の午後は、政治コンサルタントの松本直樹先生にお願いして、国会議事堂(Parliament House)の見学と豪州政治の簡単な講義を受けた。
既に書いたように、この国会議事堂は1988年に開館した連邦議会議事堂であり、山をまるまる一つ使って元老院(上院)と代議院(下院)の本会議場、事務局を設けた。正門及び2階部分は一般に開放されており、誰でも自由に正面ロビーや本会議場傍聴席を見学することが出来るが、今回は入構章を持つ松本先生のご厚意により、一般には立入禁止とされている1階及び3階、記者クラブ、更には裏側にある閣僚事務所を案内して頂いた。
内部は1988年開館だけあってまだ新しく、高級そうな木の床に白い壁の廊下が延々と続き、首相以下閣僚が待機するオフィスには、「赤絨毯」ならぬ「青絨毯」が敷かれている。元老院側出入口で手荷物検査及び訪問者章の交付を受けると、2階にあるプレス・センターの前を通り、1階に降りて中央の国旗掲揚塔の真下に。この部分は一般客として2階から見ることも出来るが、1階は会期中国会議員が歩くところなので通常は入れない。そこにはいくつかソファアと応接セットがあり、そこにしばらく座って、先生より豪州政治に関する簡単なレクチャーを受けた。以下、その時のレクチャーを元に、いくつかの参考資料と併せて、豪州の政治機構について簡単にまとめる。
![]()
▲国会議事堂正面玄関(左)とその中庭(右)
オーストラリアは、英国エリザベス二世女王を国家元首とする立憲君主制の連邦国家である。連邦政府には特に女王の名代として連邦総督(Governor-General)が、各州には同じく総督(Governor)(北部準州については執政官administrator)が、それぞれ置かれている。その他の政治、司法制度も英国とほぼ同じであり、法圏的にはコモン・ロー(英米法)に属するが、成文憲法を有する。
オーストラリア連邦憲法法(ヴィクトリア女王治政第63・64年法律第12号「オーストラリア連邦の憲法を制定する法律」、Commonwealth of Australia Constitution Act)は本文9か条であり、その第9条が全8章・128か条の憲法本文になっている。基本的には連邦制度を規定したものであって、権利章典(人権規定)は存在しない。名前からもわかるようにこれは英国内法として英議会で成立した法律であって、1931年の英国ウェストミンスター憲章(Statute of Westminster)により1939年に完全独立するまでは、英国内法が豪連邦法に優越する地位にあった(但し、1986年の英国「豪州法」制定までは、例外規定や英国貴族院の上訴管轄権、英国議会の憲法制定権が残っていた)。連邦制としてはアメリカ合衆国憲法をモデルとするが、憲法上列挙された40の権限以外は全て州政府の権限となっており、州権優位とも言える。国家元首である女王(又は総督)は英本国と同じく「君臨すれども統治せず」、立法権(女王と連邦議会、連邦憲法法第1条・第57条・第58条・第59条)・行政権(連邦憲法法第61条)、国軍指揮監督権を持つが、実際には議院内閣制により連邦議会と内閣がそれらの権利を行使しており、行政権行使上女王に助言する連邦行政評議会(Federal Executive Council、連邦憲法法第62条)は形骸化している。なお、司法権は連邦高等法院(連邦高等裁判所、Federal High Court)以下の裁判所に属する(連邦憲法法第71条)。
連邦議会(Federal Parliament)は二院制で、元老院(The Senate)は定数76の州別比例代表制(任期6年)、代議院(The House of Representatives)は定数150の小選挙区制(任期3年)を採用。両院議院選挙は慣例上同日に行われ、ほぼ二大政党制となっている点(連立与党の豪州自由党・豪州国民党と野党の豪州労働党)、代議院で過半数を制した政党の党首が首相(Prime Minister)となるのは英国流である。元老・代議両院の権限は全く同じではなく、どちらかというと代議院がまず審議して、それを元老院で再検討するといった形になっているが、@両院で選挙制度が異なること、A豪州においては国政選挙の投票は義務化されており、両院で異なる政党に投票する有権者も見られること、からしばしば「ねじれ現象」が生じている。この為元老・代議両院が衝突した際は、首相(総督)は一定手続(元老院が否決して3ヶ月後再度両院の議決が一致しない場合)を踏んで両院解散・総選挙(元老院も全数改選)を行い、その後に招集された新議会で合同会議(両院議員総会)を実施。同会議で過半数を得れば女王の裁可に付されるのである(連邦憲法法第57条)。下の写真のように、元老院本会議場も代議院本会議場も英国流の配置となっており、元老院は英国貴族院の伝統を受け継いで赤色、代議院は国民が芝生の上で政治を語った象徴として緑色をそれぞれのコーポレートカラーにしている。我が国のようにひな壇の「閣僚席」というものは無く、また各閣僚もそれぞれ所属する議院にしか出席できないので、例えば外相が元老院議員であると代議院では他の代議院議員たる閣僚が外交問題について答弁することになっている(なお、我が国のような政府委員制度・政府参考人制度は存在せず、全て大臣による答弁となる)。
政党は(前述のように)連立与党の豪州自由党・豪州国民党と野党の豪州労働党の二大政党制で、比例代表区のある元老院については、ワン・ネーション党(右派)、民主党、緑の党などが議席を持っている。連邦の権限が限定されているため、いわゆる「利権」はどちらかというと州議会に集まっており、その為連邦議会は外交・財政に特化していて、「利権政治」の度合いは薄い。我が国自由民主党のような「派閥」は無いが、首都キャンベラに滞在中共同生活するアパート(フラット)毎に親しい政治家のグループが出来るという。
![]()
▲元老院本会議場(左)と代議員本会議場(右)
内閣(Cabinet)は憲法上の機関ではないが、憲法上の習律として認められており、閣内大臣(閣議に常時出席する。Cabinet Minister)17人と閣外大臣(必要に応じて閣議に参加する。Outer-Cabinet Minister)13人がいる。憲法、行政権は連邦総督にあるが、実際は首相の助言に基づいてそれを行使する(但し、1975年には連邦総督が首相を解任したこともあった)。なお、野党第1党は、英本国のように「影の内閣」(Shadow Cabinet)を組織して政権交代に備える。首相には10万ドルの月給と20人強のスタッフがつき、その中でも先任スタッフは局長級の待遇である。
中央省庁は、戦前の大日本帝国憲法と同じく女王(連邦総督)が「官制大権」を持っているので政令事項(内閣限りで改正でき、議会の承認を必要としない)であり、我が国のように国家行政組織法や各省庁設置法は必要ではない(戦前は、日本でも中央省庁の組織・権限については帝国議会の関与ができなかった)。その為、中央省庁の名前や数も政権毎に異なっており、連邦発足時7省だったものが30省に、そして現在では再編されて17省になっている。
日本語名
(直訳・意訳)英語名 首相内閣部
(総理府)Department of the Prime Ministre and Cabinet 外務通商部
(外務省)Department of Foreign Affairs and TradeD(DFAT) 財務部
(大蔵省)Department of the Treasury 防衛部
(国防省)Department of Defence(DOD) 退役軍人部
(退役軍人省)Department of Veteran's Affairs 法務総裁部
(法務府)Attorney-General's Department 農水林業部
(農林水産省)Department of Agriculture, Fisheries and Forestry 産業科学資源部
(産業科学省)Department of Industry, Science and Resources 運輸地方整備部
(運輸省)Department of Transport and Regional Services 通信情報芸術部
(逓信文化省)Department of Communication, Information Technology and the Arts 教育訓練青少年部
(文部省)Department of Education, Training and Youth Affairs 環境遺産部
(環境省)Department of the Environment and Heritage 家庭地域社会部
(家庭地域社会省)Department of the Family and Community Services 財政行政部
(財務行政管理省)Department of Finance and Administration 医療老健部
(厚生省)Department of Health and Aged Care 入国管理多文化部
(入国管理省)Department of Immigration and Multiculture Affairs 雇用労働関係中小企業部
(労働省)Department of Employment, Workplace Relations and Small Business ▲豪州連邦政府の17省
連邦高等裁判所(High Court)は連邦の終審裁判所である他、違憲立法審査権を持っている。しかし、司法権は連邦裁判所(Federal Court)の他、州裁判所にも分属しており(連邦憲法法第71条)、また州法上の紛争について州裁判所が管轄権を有するので、我が国よりは複雑な法体系となっている(無論、訴訟法も各州で異なる)。州裁判所には州最高裁判所(Supreme Court)、州地方裁判所(District Court)、州簡易裁判所(Local Court)があるが、地方裁判所が無い州もある(タスマニア州、北部準州、首都特別地域)。連邦高等裁判所の裁判官(定数は無く、ただ「2名以上」とされている)は総督により任命されるが身分保障が与えられ(連邦憲法法第72条)、70歳を定年とし、任期は定年までである。なお、連邦事件については陪審制が導入されている(連邦憲法法第80条)。
その後、本館に戻って今度は裏側の閣僚事務所のあるセクションに移動し、ジョン・ハワード首相の事務所(首相公邸と官邸は別にある)や次期首相と目される財務大臣の事務所前などを見学。最後は本館と元老院の間にある中庭に出て、職員用カフェ等を覗いて行った。●4、コッター川でバーベキュー
松本先生と別れた後、夕食をコッター川(正確には、ムランビジー川)川沿いのバーベキュースペースでとるべく、食糧を積んで西へ向かった。コッター川(Cotter river)とはキャンベラ西部の山岳地帯を流れる川で、その流域にはいくつかのキャンプ場や公園があり、前述したように場所によっては燃料用の材木をタダで使えるところもある。
この日は平日であったためか、キャンプ場も公園も閑散としており、焦る必要も無くバーベキュー台を確保。材木もたっぷり確保して、半ばキャンプファイヤーのような形で焼肉を楽しんだ。
一通り肉類を食べ終わって食後の甘いものを食べていると、だいぶ暗くなったキャンプ場の目の前を、大きな鳥が・・・。「あ!野生のクカバラだ」と気づいて追いかけ、近くの木のどこかに止まったのを確認出来たが、姿は見えないし、第一手持ちのカメラでは暗くて撮影も出来ない。「どこだろう?」と思いながらしばらく木のほうを見つめていると、そのクカバラが遂に大きな声で鳴きだした。「ク、ク、ク、カ、カ、カ、カ、カ、コ、カ、カ、カ、カ、カ、カ・・・」というその声はまるで夕闇の森の支配者であるかのようでもあり、あんな小さな体のどこにそんな声を出す力が宿っているのだろう、と不思議になったりもした。
12月16日へ 目次に戻る 滞在記目次に戻る 12月18日へ
製作著作:健論会・中島 健 無断転載禁止
©KENRONKAI/Takeshi
Nakajima 2002 All Rights Reserved.