ものみの塔宗教の創設者、テーズ・ラッセルは血に関して、現在のエホバの証人とはかなり違った見方をしていました。 「血の教えの聖書的根拠とその考察」の所で詳しく検討するように、「血の教え」は新訳聖書の使徒15章の解釈に大きく依存しています。ものみの塔の出版物の中で最初にこの部分の解釈が論じられ、血液のことが取り上げられたのは、1887年5月15日のものみの塔誌でした。その引用は「血の教えの聖書的根拠とその考察」の中の、第三章:使徒15章と「使徒の布告」の中で紹介しましたが、ここに再録しましょう。
この答は、四つの項目を除いてその律法を無視するものでした。そしてこれらの四つのうち最初の三つまでが、それまでユダヤ人であった人たちと、それまで異邦人であった人たちとの共通の交わりの基礎となるように述べられていることは明らかです。その三つとは、(1)偶像に犠牲として捧げられた肉から避けること、(2)ユダヤ人の方法によって殺されていない動物を食べることを避けること、(3)血を食べることを避けること、でした。ユダヤ人として育てられた人々にとってこれらの三項目を無視することは不可能に近いことだったでしょう。そして異邦人の改宗者がこれらを守らなければ、そのことは常に彼らの社会的な障壁となったことでしょう。ここに推奨されている事柄は、ユダヤ人から構成される(統治)「体」と、異なった教育と感情を持つ異邦人とが交わりを続けて行く上で必要だったのです。同じ考えは血の使用の禁止にもありました。ユダヤ人にとってはこれは禁じられたものであり、彼の契約によればそれは生命の象徴でした。それに与ることは、奪った生命に対する責任を負うことを意味するのでした。異邦人は律法の契約の元にいなかったために、このような禁令は異邦人には全く当てはまりませんでした。しかしこの事柄に関する限り、それはユダヤ人の考えに余りにも深く根付いていたために、異邦人がこの事柄を守ることは教会の平和にとって必要なことだったのです。(「ものみの塔」誌1887年5月15日、復刻版2158頁、英文よりの筆者訳)
そこで詳しく検討したように、ラッセルの使徒15章の解釈の仕方は、まさに現在の大部分のエホバの証人以外の聖書注解者の解釈の仕方と同じでした。そこには、現在の「血の教え」を支える、今のものみの塔独自の解釈の面影はありませんでした。
このラッセルの使徒15章の血の教えに対する見方は、1892年11月15日のものみの塔誌349−352頁(復刻版1473頁)でも繰り返されています。
彼[ヤコブ]は更に、偶像による汚れと(29節)、絞め殺されたものと血と−そのようなものを食べることはユダヤ人の兄弟たちへつまずきの石になるかもしれないので(コリント第一8:4-13参照)−、それと淫行とを避けることだけを手紙に書くことを提案した。ここで述べられている事柄は、自分たちがつまずいたり、他のつまずきの石となることの予防に過ぎなかった。(「ものみの塔」誌1892年11月15日、復刻版1473頁、英文よりの筆者訳)
ここでも創始者ラッセルは、使徒15章の内容を、全人類を拘束する永遠の掟とは解釈せず、他の大部分のクリスチャンと同様に異邦人とユダヤ人のクリスチャンとの間の関係を保つための方策である、と解釈していました。
前の章で述べたように、ものみの塔はこれら「黄金時代」、「慰め」の二つの出版物を使って、医学キャンペーンを繰り広げましたが、輸血に関しては、ほとんど問題にしていません。これは当時、輸血は行われてはいたものの、まだ一般に広く行き渡ってはいなかったこともあるでしょう。しかし、それらの少数の輸血が行われた例に関しても、ものみの塔は決してそれに否定的な見方を示しませんでした。
イギリスのロンドンに住む B.W.ティブル氏は、ロンドン病院の患者に輸血するために、様々な機会に45回にわたって、一パイントの血液を献血してきた。普通の料金は一回5ギニー、あるいは25ドルであるが、ティブル氏は彼の献血に対して、常に支払いを受けることを辞退してきた。(「黄金時代」1925年7月29日683頁)ニューヨーク市では、主婦が下宿人の持ち物を移動している最中に、間違ってその人のレボルバーで自分の心臓を撃ってしまった。彼女は病院に担ぎこまれた。‥‥担当医の一人は、余りの緊急事態に、自分の血液を一パイント提供して輸血した。今日、この女性は元気で、人生の中で最も忙しかった23分間の間に起こったことを笑顔で語った。(「慰め」1940年12月25日19頁)
これらの記事で見るように、ものみの塔協会はその当時、輸血に否定的な見方はとっておらず、いずれの記事でも、献血を行って人を助けた、ティブル氏や、ニューヨークの病院の医師に対して、肯定的な見方をとっています。
また前の章でも触れましたが、「黄金時代」の血の教えは、血を食べたり取り入れたりすることが禁止されているのでなく、動物と人間の血が混じることが一番の問題と考えていました。これは次の引用であきらかです。
全ての理性のある心は、神が反対しているのは血を食べることではなく、野獣の血を人間の血と接触させることなのである。‥‥予防接種は人の命を救ったことは一度たりともない。種痘は天然痘を防ぐことはできない。(「黄金時代」1931年2月4日294頁)
もちろん、この聖書の解釈は予防接種を反対するには最も都合のよい解釈ですが、後に反対の対象が予防接種から輸血に代わると、この解釈では都合が悪くなります。聖書解釈が、ものみの塔協会の教義の作成と変更の過程で、それにあわせて変化させられていることがよくわかります。
最初の、血を取り入れることに関する否定的な見方は、1945年の「ものみの塔」誌にあらわれます。ここでは、ノアの契約で、肉は食べてもよいが、血は食べてはならない、という部分を取り上げています。
神の掟は明らかに、血を取り入れることは必ずしも人の命を支えるために必要なことではなく、それは動物の肉を食物として取り入れるのと、同じ分類には入れられませんでした。この掟は、下等動物の血にあてはまり、人の血液には当てはまらない、と言うことはできません。もし下等動物の血がそれだけ貴重で、創造者から与えられた命を意味するのなら、当然高等な動物である人間の血がそれより貴重でないというわけはありません。‥‥この掟からすれば、血に飢えた戦士が、敵の強い男を殺した後、その殺された男の血を吸収することで、その男の強い性質を奪い取ることができると信じて、その血を飲むという野蛮な行為は、罪になるのです。‥‥(「ものみの塔」1945年7月1日200頁)
この記事では、しかし、百科事典に書かれた輸血の歴史を紹介した後、血を飲んだり食べたりすることは許されないという見解を繰り返していますが、はっきりと輸血という医療行為が許されないとは書いてありませんでした。輸血が許されないことは、全体の記事を読むとそう読み取れますが、はっきりとそのことは明言していないのです。これは、ものみの塔が、一つの教義の変更を打ち出すときに、よく「伏線」として、このような記事を出す、よく行われる習慣で、最近でもこのやり方は続いています。この輸血の禁止の伏線は、明確な禁止として打ち出された1951年のものみの塔の記事のさきがけとなったものです。
その間、輸血に関する否定的な見方は、刊行物の各所に散発的に見られます。
神の律法によれば、人間は他人の血液を取り入れるべきではない。‥‥神の掟に逆らう危険だけでなく、輸血は健康の害も伴うものである。(「目ざめよ!」1948年10月22日12頁)
先に述べたように、本格的な輸血禁止の教義は、1951年7月1日の「ものみの塔」誌の「読者からの質問」の欄で発表されました。この記事では、この欄としては珍しく、詳細にその新たな教義の解説が行われています。先ず、この記事の出だしが興味ある内容を語っています。
最近のシカゴにおける、エホバの証人の輸血に対する立場に関する裁判所の判例は、一般の人々や、公共報道機関の、広範な議論を引き起こしました。多くの質問が寄せられました。以下に挙げる質問は、最も多く聞かれたもので、様々な場所から寄せられたものです。(「ものみの塔」1951年7月1日414頁)
前の予防接種の章でも見たように、ものみの塔の新しい真理は、裁判が関係した時に頻回に発表されました。これもその例外ではないでしょう。この記事で以下、注目して頂きたい点は、これが前の章で紹介した予防接種の解禁の一年半前に発表されているということです。つまり、この時点では、エホバの証人はまだ、予防接種は神の前に許されない行為と信じ切っていたのです。この記事の論理が、いかに予防接種禁止の論理を受け継いで発展しているかを見ることは興味あることでしょう。
輸血に反対する聖書的な根拠は何ですか。エホバは大洪水の後、ノアと契約を結びましたが、そこには、「その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない」(創世記9:4)という命令が含まれていました。
前の章で見た、予防接種解禁の1952年12月15日の「ものみの塔」の記事を思い出してみましょう。そこには、予防接種はノアの契約に違反することではない、という以前の立場を翻す「新しい光」が発表されているのです。ここで1951年から1952年にかけて、エホバが禁止しているものが、予防接種から輸血に取って代わったことが明らかになります。これに続いて、レビ記と使徒15章がとりあげられています。それに続く質問では、動物の血と人間の血が比較され、聖書には人間の血のことは書かれてはいないが、「もし表象となる動物の血が神聖であれば、表象された人間の血はそれよりどれだけだ神聖でしょう!」という議論をあげて、この禁則は人の血にも当てはまる、としています。
更に、次のような質問が設定され、それに答える形で、新しい教義の体系が説明されています。
クリスチャンは血に関するこれらの規制を強調するモーセの律法の元にないのですから、なぜそのような決まりに縛られるのですか?ここに、その後エホバの証人が繰り返し使う、輸血、すなわち血によって「養われる(feed)」、従って食べることと同じ、という議論が最初に現れるのです。しかし、この後繰り返し使われる、この説明をよく読んでみると、少し医学や生理学の知識のある者であれば、この議論は聖書に無関係の、ただの feed という「言葉の遊び」によるこじつけでしかないことが分かります。血に関する規制は、モーセの律法の前から存在し、創世記9:4に書かれているように、その何世紀も前に与えられました。これらの規制は、キリストが苦しみの杭の上に釘付けされてモーセの律法が終わったあとでも、クリスチャンが守るように引き継がれました。‥‥
レビ記3:17には「脂肪も血もいっさい食べてはならない」とあります。ではなぜ血を避けて脂肪を食べるのですか。
‥‥脂肪に関する禁止はモーセの律法の一部です。血は律法以外の場所でも禁止されていますが、脂肪は禁止されていません。従って律法が成就して廃止された時、脂肪の禁止も、豚やウサギやウナギなどを食べることの禁止と同様に、廃止されたのです。
動物が正しく血抜きをされたとしても、ある程度の血は肉の中に残るわけですから、なぜエホバの証人は肉を食べることを拒否しないのですか。
‥‥エホバ神は血を食べてはならないという規則を与えた時、人は動物の肉を食べてもよいと言いました。その時点で、エホバは殺された動物の死体が出血され、血液が流し出されれば、必要は満たされたと教えました。わたしたちが血に関して守ろうとしているのはエホバの掟であって、わたしたちが彼の必要としている通りに動物の血液を流し出して、彼の要求を満たせば、それだけで充分ではないでしょうか。わたしたちはパリサイ人のように愚かになって細かな文句を言って、神の律法が必要としていることを超えた重荷を積み上げる必要はありません。
多くの人は輸血を受けることは血を食べることとは違うといいます。この見方は確かなものですか。
病院にいる患者は口からでも、鼻からでも、静脈からでも養われます(feed)。糖の溶液が静脈から与えられる時、それは経静脈栄養補給(feeding)と言います。ですから、病院の用語の中そのものに、静脈を通して、人の体の中に栄養を与える過程を養うこと(feeding)と認めています。従って病院で患者に輸血をする人は、その患者を静脈を通して血で養っているのです。‥‥
(「ものみの塔」1951年7月1日414頁)
この1951年という年には、まだ血液の成分に関する議論はなされていませんでした。この時点では、血清であろうと、全血であろうと、少量であろうと大量であろうと、全ては避けなければならないことでした。しかし、これから見ていくように、この「血の教え」の歴史は、それ以降、例外につぐ例外の設定、あるいは規則の抜け穴作りの歴史となるのです。
次にこの「血の教え」に対する罰則はどのように変遷してきたでしょうか。輸血をの禁止がはっきり明文化した1951年以降、数年間というものは、この禁則を破った者に対する、はっきりした排斥処分は行われませんでした。これは、1958年の次の「ものみの塔」誌の記事を見てみてもわかります。この「読者からの質問」の欄では、次のように述べられています。
エホバの証人の一人で、油塗られた残りの者級であると言う女性が、最近病院に行き、自発的に輸血を受けました。この女性は記念式でぶどう酒とパンの表象物にあずかることを許されるべきですか。‥‥しかし、会衆は自発的に輸血を受けた者、あるいはそれを容認した者に対する排斥処分を支持したことはありませんでした。わたしたちは血の神聖さに関する神の律法を破った者に対する判断を、最高の審判者であるエホバに預けます。このような人々に対してできる唯一のことは、彼等を未熟な者とみなし、従ってある種の責任をとる能力がないとみなし、そのような者にはある種の奉仕の役割を与えないことです。人は輸血を自発的に受けたり、愛する者が輸血を受けることを容認したりしたことでは、排斥処分にならないのですから、あなたはこの姉妹が主の晩餐を祝うことを妨げる権利はありません。‥‥(「ものみの塔」1958年8月1日478頁)
しかし、この立場はその三年後の1961年に変更され、それ以後、自発的に輸血を受ける者は、排斥処分を受けることになりました。この教義の変更は、再び「読者からの質問」の欄で発表されました。
輸血によって血液を人間の体の中に取り入れることの重大性を考慮すると、この点で聖書の教えに違反した場合、献身してバプテスマを受けながら輸血を受けた者を、クリスチャン会衆から排斥させることになりますか。霊感を受けた聖書の答はイエスです。
‥‥従って、輸血を受けた者は、隣人たちの血液に含まれる神の与えた魂で、自分を養っていることになります。これはクリスチャンに対する神の命令の違反です。この事の重大性を過小評価して、誰もが自分の良心によって決める選択事項であるという軽い取り扱いですませるべきではありません。‥‥来るべき事柄の影となっていたモーセの律法によれば、輸血を受けた者は、破門あるいは排斥によって神の民から断たれなければなりません。もし輸血を受けたことが、その献身してバプテスマを受けたクリスチャンの最初の間違いであり、彼の未熟さとクリスチャンの安定性の欠如によるのであって、彼がその行為の間違いを認め、悲しんでそのことを悔い改め、神の赦しと、神の地上の会衆の赦しを乞うのであれば、その時は彼に憐れみが差し伸べられるべきで、彼を排斥する必要はないでしょう。‥‥しかし、もし彼が必要なクリスチャンの基準に外れていることを認めることを拒否し、この事をクリスチャン会衆で問題として取り上げ、他の人に影響を与えて彼への支持を得ようとするなら、あるいは、将来において、輸血を受け続けたり、この医療行為を他人に施すのに使われる献血を行い続けるのなら、このことは、彼が本当に悔い改めず、意図的に神の決まりに反対することを示すものです。そのような者は、反抗的反対者、クリスチャン会衆の会員への不忠実な者の例として、排斥によって会衆から断たれなければなりません。‥‥
(「ものみの塔」1961年1月15日63頁)
この記事以降、意図的に輸血を受けたエホバの証人は、排斥処分にされることになり、その処分は現在でも継続しています。この同じ年には次のような、脅迫的な記事さえ、「ものみの塔」誌に掲載されました。
聖書に反する方法で命を救おうとする努力は、永続する良い結果を生み出すことは決してありません。命を与えてくれたかたの法を破って、命を救えるなどと考えるのは、なんと馬鹿げたことでしょう。確かにその場では一見ためになるような結果が出るように見えますが、結局はそのような間違った道をとった結果として、病気になったり、死産になったりするのです。たとえ、その患者や子供に目に見える身体的な害がないとしても、神の律法に違反することは、神の新たな体制の中で永遠の命を得る機会を、ひどく損なうことになるのです。(「ものみの塔」1961年9月15日565頁)
ここには、排斥処分による警告と相まって、血の掟を守らないものへの、厳しい精神的な恐怖心の植え付けが意図されているのがわかります。
次に、このようにして確立した、エホバの証人の「血の教え」はその後どのように発展して、変遷していったのでしょうか。これを次の章で見てみましょう。