さて、第一回目の今回は最初の哲学者と評されるタレスについて話したいと思います。もっとも、その頃は哲学なんていう言葉自体がなかったので、彼を哲学者と言うのは適切な言葉ではなく、彼は正確には自然学者(自然探求者)でした。そういう訳で、哲学史的には彼をはじめとして哲学(Philosophia:ギリシア語)と言う言葉をソクラテスが用いるまでの間の哲学者(自然学者)達のことを「フォールゾクラティカー(ソクラテス以前の人々)」と呼称します。ちなみに、このフォールゾクラティカーと言う言葉は、H・ディールズと言う学者が、この時期の哲学者達の文章を編纂した際の書物の題名から取られています。
では、タレスについての解説に入っていきたいですが、このタレスと言う人物は、紀元前624〜546年頃の人物でミレトス(今のトルコの西海岸)に居た人物で、いわゆるイオニア(ミレトス)学派の祖と評される人物です。但し、彼の直接の記述(書物)は残されておらず、歴史学者ヘシオドスや哲学者プロクロス、そして、大哲学者アリストテレス等の書物の記述から彼を推測するしかありません。
それでは、具体的にタレスの業績について触れてみますが、大まかに言って彼の業績には三つの事があげられます。先ず一つ目についてですが、それは哲学者ポロクロスの書物に記されていることなのですが、彼はエジプトで測地学(測量学と言っても間違えではない)を学んだ後、その実践的な実用的技術を幾何学として抽象的な学問に仕立て上げたと言う事です。元々、エジプトはナイル川の氾濫によって文明を営んできましたから、即地学の発展は著しかったのですが、タレスが登場するまではそれが学問として純粋に研究されたりすることはなく、あくまでも実用的な技術に過ぎなかったのです。そこへタレスが来て、はじめて幾何学と言う学問を定立し、そこから、彼はさまざまな発見をし、幾何学の大古の基礎を築きあげました。
そして、二つ目は、彼が紀元前585年に実際に起こった日食を予告したことです。こんな風に言うと、何やら怪しい予言者のようですが、そうではなく、この事は、彼がそれまで航海の舵を取るための利便的な実用的技術であった星学を遠い将来の天体の動きを予測できる天文学に仕立て直したことを意味します。ところで、この事は、当時の人々には大変印象的だったらしく、歴史学者ヘロドトスの他、ディオゲネス・ラエルティオスと言う歴史学者の書物や哲学者クセノパネス(西洋哲学史講義第五回目参照)の書物にもこのタレスの日食予言の出来事が記述されたりしています。
最後は、これが一番重要なのですが、タレスが「質料(ヒューレー、材料、マテリア)に属する原理のみを、すべての原理と考え、水(ヒドール)を持ってその原理(元素)」とした事です。ちなみにこの場合の原理の事を哲学史的には「アルケー」と呼び、始まりとか起源を意味します。
ところで、タレスが水を世界の原理(元素)とした事は世界史等でも有名な話で、皆さんも既にご存知の事かも知れませんが、哲学史的には、タレスが水を持って原理として事が重要なのではありません。確かに、タレスが水をその原理としたのにはちゃんとした理由があり(詳しくはアリストテレスの「形而上学」、「霊魂論」などを参照してください。と言っても「形而上学」ではちょこっとしか扱われていないが…)、それなりの意義(と言っても、アリストテレスの「形而上学」にあるように多分にオリエントの世界生成神話の影響を受けているのだろうが)がありますが、今日的な意義があるとはいえないでしょう。
ではここで何が重要なのかといいますと、それは、ただ自然現象を記述したり、予測するのではなく、自然現象全体に渡る統一的な原理を求めたと言う事です。つまり、物事の説明のためにはじめて理性的根拠を提示しようとしたと言う事です。したがって、その結果がどうであれ、彼こそがはじめて自然全体の多様性の中に統一性を求め、存在するものの全体を主題化し、それを一つの原理(第一原理)から把握しようとした事は哲学史的に重要な意義があると思われます。