【人生讃歌】“風の画家”と呼ばれて 中島潔氏(22)
[1999年03月03日 東京夕刊]

 東京から故郷の佐賀にアトリエを移して六年になる。周囲には長い都会生活で忘れていた自然があふれていた。夕焼け、雲、海、草花の美しさ。どうしても描けなかった源氏物語が、故郷の風景の中で徐々に形を成してくる。

 これまでの女性画と違い、モデルは一切使わなかった。知っている女性たちを思い描き、筆を進める。「夕顔」のようにはかない女性、「朧月夜」のように天真らんまんな娘、「紫の上」のように忍耐強く立派に生きたが、女として幸せだったかどうかわからない女性。「大宮」には母の温かい面影がだぶる。

 どの姫君たちも、はかない人の世のうつろいに身をゆだねながら、女としての哀しみと誇りに満ちあふれている。私の体にかっと、かの人たちへの愛しさがほとばしり、思いきり一人ずつ抱きしめたい衝動にかられた。

 こうして昨年ようやく源氏物語五十四帖が完成した。昨年はちょうど私の画業三十周年。八月の東京・日本橋三越本店を皮切りに、全国で個展を展開している。

 源氏は故郷にいたからこそ描けた作品だ。しかし、そろそろここも離れようと思っている。無くしたものを自分の中に持っていたい。満たされ過ぎていると、絵かきとしての激しさが失われてゆく。

 次のアトリエは、私が十八歳で故郷を離れて最初に過ごした地、伊豆半島と決めている。温泉掘りや印刷所の画工として働きながらも、絵をかく喜びを教えてくれた原点の地だ。

 源氏物語もまだまだ表面をなでただけ。今度は私自身の感性で、あまり時代の決まり事にとらわれず、源氏の女たちの情念を生き生きと描いてみたい。

 可愛さ、悲しみ、嫉妬心、愛…。大人が夢を見られるような作品に仕上げるつもりだ。

 (おわり)

【写真説明】

源氏物語は画家として生涯のライフワークになりそうだ

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