これまでの女性画と違い、モデルは一切使わなかった。知っている女性たちを思い描き、筆を進める。「夕顔」のようにはかない女性、「朧月夜」のように天真らんまんな娘、「紫の上」のように忍耐強く立派に生きたが、女として幸せだったかどうかわからない女性。「大宮」には母の温かい面影がだぶる。
どの姫君たちも、はかない人の世のうつろいに身をゆだねながら、女としての哀しみと誇りに満ちあふれている。私の体にかっと、かの人たちへの愛しさがほとばしり、思いきり一人ずつ抱きしめたい衝動にかられた。
こうして昨年ようやく源氏物語五十四帖が完成した。昨年はちょうど私の画業三十周年。八月の東京・日本橋三越本店を皮切りに、全国で個展を展開している。
源氏は故郷にいたからこそ描けた作品だ。しかし、そろそろここも離れようと思っている。無くしたものを自分の中に持っていたい。満たされ過ぎていると、絵かきとしての激しさが失われてゆく。
次のアトリエは、私が十八歳で故郷を離れて最初に過ごした地、伊豆半島と決めている。温泉掘りや印刷所の画工として働きながらも、絵をかく喜びを教えてくれた原点の地だ。
源氏物語もまだまだ表面をなでただけ。今度は私自身の感性で、あまり時代の決まり事にとらわれず、源氏の女たちの情念を生き生きと描いてみたい。
可愛さ、悲しみ、嫉妬心、愛…。大人が夢を見られるような作品に仕上げるつもりだ。
(おわり)
【写真説明】
源氏物語は画家として生涯のライフワークになりそうだ