【人生讃歌】“風の画家”と呼ばれて 中島潔氏(20)ゴルフによって結ばれる輪
[1999年02月25日 東京夕刊]

 一人でアトリエにこもり、何時間も絵を描く日々の中で、最大の息抜きはゴルフだ。よく「あの繊細な絵とゴルフはイメージが合いませんね」と言われるが、ゴルフ歴だけは三十年と長い。

 各地の個展で知らない人に会う機会も多いが、難しい顔をしている人も、ゴルフの話をすると途端に笑顔となる。ゴルフをやっていてよかったと思う一瞬だ。

 最近やっとハンディキャップ21、ベストスコア83と人並みのゴルフになってきたが、六年前に東京から故郷の佐賀へアトリエを移す前は、本当に悲惨だった。

 初めてクラブを握ったのは二十五歳の時。永田町の広告代理店に勤め、会社のコンペのためにイヤイヤ始めたゴルフだった。三十三歳で独立してからは、年一回「うめ吉杯」というコンペを主催してきたが、腕は一向に上達しない。平気で120も130もたたき、友人たちから散々カモにされたものだ。

 プレーの内容もまるで漫画そのもの。朝一番のティーショットが真横に飛んで、さっき通ってきたパター練習場に落ちたときは本当に恥ずかしかった。パット練習する人たちが何事かと驚く横で、慌てて二打目を打てばOBだった。

 北海道のゴルフ場で、たった100の池越えに失敗し、ボールを七個池ポチャしたこともある。八個目が池に入ったとき、キャディーはあきれて先に行ってしまった。

 佐賀に移ってからは一念発起。7番アイアンで100ヤードも飛ばなかったスイングを、ハンディ一の知人に徹底的に改造してもらった。最近では月に三回のペースでラウンドしている。いつも一人きりで仕事をし、自分勝手になりやすい絵かきにとって、ゴルフ場は社会のルールを思いださせてくれる大切な場だ。

 

【写真説明】

佐賀のゴルフ場で

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