新潟では、小学校のころあこがれて口も聞けなかった女の子が「しばらくです」と現れた。横浜には、高校時代に私が初めてラブレターを書いた女性が高校生の娘さんを連れてきてくれた。ともに三十年はたつ。交通事故を起こし借金を抱えたまま行方知れずになった友が、千葉の個展にフラリと現れたときは「無事でよかった」と心底うれしかった。
強烈だったのは、大阪の松坂屋での個展。会場に電話がかかり、「中島君、おれだ、おれだ」とまくし立てる。小中学校と一緒だった友人だ。テレビのニュースで私の個展を知り、すぐに電話をくれたという。「絵かきになったとはすごい。今から会いに行くよ」「本当、うれしいな。今どこにいる」「刑務所からだ」。これはマズイと思った私は、「あ、そう」と、思わず電話を切ってしまった。
翌年、神戸の個展でサイン会をしていると、そばで大男が私の方をにらんでいる。怖い。サイン会が終わったらすぐその場を離れようと思っていると、席を立ったとたんに「おれだ、おれだ」と腕をつかまれた。なんと、去年刑務所から電話をくれた同級生だ。さては出所したか。子供のころはヒョロヒョロしてキリンというあだ名だったのに、今やまるで巨大なプロレスラー。
だが、差し出された名刺を見てホッとした。大阪拘置所の副看守長。おまけに少林寺拳法の道場を主催し、数百人の弟子がいるという。聞けば先日、暴力事件で入所してきた男が、中学卒業の日に自分を袋だたきにした同級生だったとか。すぐさま呼びつけるとペコペコしていたが、「おれだ、おれだ」と言われ事情が分かると、奴は青ざめてつぶやいた。「執念深い…」と。
【写真説明】
刑務所から電話をくれた友(左端)と中島氏(右端)。中学生時代