だが、ついに運が巡ってきた。私の絵を店に飾ってくれていた東銀座の喫茶店のオーナーが、「中島さんも、卵で言うと殻をつついてやるとヒヨコが出てくる時期。僕がアレンジするから個展を開きなさい」と、新宿小田急デパートの美術ギャラリーに掛け合ってくれたのだ。
夢にまでみた初個展は昭和五十七年九月に開かれた。私は三十九歳。会期の六日間はアッという間に過ぎ、恥ずかしいことに興奮のあまりよく覚えていない。
だが、体が悪いらしく、弟に背負われて来場し「ああ、来てよかった」とため息をつく四十代の男性がいた。「叱られて」という絵の前で、歌を歌いながらボロボロと涙をこぼす二十代後半の女性がいた。絵描きになってよかったと心が打ち震えたものだ。
人生には幸運が折り重なるようにやってくる時期がある。私にとっては、まさにこの年。NHKから初めて仕事の依頼を受けて手掛けた、みんなのうた「かんかんからす」のイメージ画が全国で注目を浴びた。教育評論家のカバゴンこと阿部進氏に“風の画家”の名をいただき、二回目以降の個展を次々とアレンジしていただいた。
私は三十九歳にして初めて、人々の優しさに支えられて生きていることを実感できた。凝り固まった心が解放されてゆく。私の絵には暗い部分と、希望に満ちた優しい部分が混在しているが、前者は三十九歳以前、後者はそれ以降の心模様が現れているようだ。
【写真説明】
初めての個展で、カバゴンこと阿部進氏(右)と