【人生讃歌】“風の画家”と呼ばれて 中島潔氏(11)さだまさしさんが最初の人
[1999年02月03日 東京夕刊]

 生まれて初めて、私の絵が売れた。東銀座の喫茶店に飾ってある「雨宿り」というタイトルの、雨におびえる子供を描いた絵だ。

 それまでは、ギャラリーに絵を飾ってもらおうと売り込みに行っては断られる日々。私には学歴もなく、美術の先生にも師事していない。

 そんなある日、私の絵を飾ってくれた喫茶店のオーナーから電話がかかってきた。「歌手のさだまさしさんが、あの絵を買いたいと言ってるけど、売ってくれるか」と。

 聞けば、グレープを解散しソロになった直後に、喫茶店で私の絵を見て作った曲「雨宿り」が大ヒット。一周年の記念にぜひ売ってほしいとのこと。さださんが、私の絵を買ってくれた最初の人だ。

 それからいつもコンサートの券が届くようになった。その日も、新宿厚生年金会館でのコンサートに行こうと仕事を急いでいると、さださんのマネジャーから電話がかかった。「実は、さだが熱を出して声が出なくなり、病院で寝ている。本人はやると言ってるが、ドクターストップがかかった」とおろおろ声。開演まであと二時間余り。

 だが、幕が開くとすごい拍手とスポットライトの中、さださんが出てきた。そしてあらん限りの声で切々と歌う。体調の悪さなどみじんも感じさせなかった。

 数日後、ニューオータニのロビーでバッタリさださんに会った。「この前はよく歌えましたね」と言うと、「いつも、その日限りのつもりですから」と笑う。

 すごい根性だと感心したが、これは絵描きも同じ。私も人生が今日で終わってもいいという気持ちで、毎日休みなく一枚でも多くと、体ごと絵に思いをぶつける。絵を描いて体を壊すのなら本望だ。(日本画家)

【写真説明】

初めて絵が売れた日のことは今も忘れられない

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