12/05/01 日本に住んでいた時に長身で足も大きい私は殆ど輸入物のズボンや特別注文の靴しか買えなかったので、「ジーンズ&靴貧乏」やったけど、アメリカに移り住んでからはズボンの丈も靴のサイズも豊富なので探すのにも「値段」にも苦労しなくなりました。もうひとつ日本にいた時に探すのに非常に苦労したのがブラジャー。私の周りには日本で俗に巨乳と呼ばれちゃう人ばっかりで集まるとどれだけ自分のサイズのブラジャーが売ってないかという会話(というか情報交換)をしたもの。(ちなみに「巨乳」という呼びかたは嫌いです。なんか牛みたいな気がするし...)日本で最後にブラジャーを買ったのはすでに10年前の話なので今の日本での状況はちがうのかも知れないと思ったら、そうでもなくていまだに大きいサイズは日本製があったとしても「かわいくない」「値段が高い」「限られた店にしかおいてない」とあまりかわっていないよう。
一つだけ変わったように思えるのはサイズ。10年前はアメリカと日本のカップサイズは同じ標準に基づいていたのかこっちでもインチ法の表記になっただけで売り場の人に測ってもらったら同じカップ数のものを買うように言われた。ここ昨年、一昨年くらいに日本からのお友達の話を聞いていると、そうはいかないらしい。「最近の日本人は発育がいいから」とかいう理由を出されたけど、私が日本を去った8年前からそんなに発育度が一気にかわったとは思えない。日本から遊びにきたお友達が「最近デパートでブラジャーのサイズをはかってもらったらEカップっていわれて、それからEカップの物を買っている。アメリカのほうが下着類安いし、買いに行きたい。」というので一緒に行くけど、はっきりいってEカップ(アメリカでの表示でそれにあたる物は大抵DDとなる)なんてサイズは特別に「巨乳専門店」みたいな所かプラス・サイズのコーナーにしか置いていない。一応私個人の判断として「どないみてもEカップの胸ちゃうなぁ」と思ったのでその辺にあったBカップとCカップを試してもらったら彼女にはBカップがぴったりだったのです。
それを不思議に思ったので日本のサイトで「正しいブラジャーのサイズ」を教えてくれるページにいって自分でも試してみました。 そのサイトで出てきた答えはなんとGカップ!(上でいってる10年前日本で買いにくかったサイズというのはDカップです。10年間で3カップのちがいの発育が日本全体で起こると思います?変でしょ?) 後でお話するうちの家族の話&写真を見てもらったら分かると思うけど、結果を見て笑ってしまいました。
アメリカに移り住む(又は住んだ)人で日本から下着を取り寄せる人はそれでいいんですが、こちらで買い物をする方は以下にご注目!
@なるべくデパートの売り場の人に測ってもらう。
A日本のカップ数マイナス1〜3で探す。
Bメーカーによってはカップ数、アンダー数が上下するので熟知しているメーカーの物を買う以外は試着してみる。
何故上でGカップと言われて苦笑したかというと、今は亡きお義母様のブラジャーを買いに出かけた時を思い出してしまったからです。新しいブラジャーを買いたいので一緒に行こうと誘われたのでついて行ったんですが、いつも体が弱いのでブロンクス内の近所でお買い物する彼女が「ミッドタウンにある専門店でないとアカンのよ」というので「なんでかなー」と不思議に思っていたら、そのお店はマンハッタンで唯一「デザインが良くて大きいサイズ」のブラジャーを置いてるお店なんだそう。(場所は思いっきり忘れてしまいました。)
で、写真はそのお買い物に行った6年前よりもさらにさかのぼった11年前に当時高校一年生やったクリスとお義母様が二人でエンパイヤ・ステートに遊びに行ったついでに撮ったもの。彼女自身は写りが悪いので(実物はもっと綺麗な方だったのです)この写真をすんごく嫌ってたんですが、サイトに載せる許可を息子から取ったので、まぁ、天国でも怒ってない事を祈りましょう。
写真を見てもらったら一目瞭然というか、彼女は正に「巨乳」の持ち主なのです。お買い物に出かけた際に「最近新しいブラジャーを買っていないからサイズをはかってもらう」と店員さんとやりとりしてはったんですね。で、この写真を撮った時点で彼女のカップ数はFだったのです。ここらへんで既に日本でいうFより4カップはデカイんとちゃうかと思うんですが、新しいブラジャーをかかえて試着室から出てきたお義母様がすんごいしょんぼりしてるので「どうしたん?」と聞くと「Gカップになってしまった」とショックを受けていたのです。
彼女の場合はデザインがかわいくないとか見つかりにくいというよりももっと深刻な肩の問題があって、写真ではわかりにくいけど、乳房の重たさでブラのストラップの場所が両肩の2ヶ所くぼんでいたくらいの重症な肩こり&腰痛の持ち主で、あまり胸が大きくなるようなら胸を小さくする手術(Breast
Reduction)を真剣に考えていたくらい。で、Gカップと判定されて半泣きになっていた彼女を思うと、実際はDカップやけど「私はGカップ」と喜んでいる日本人の女の子がおるんかしら?と思うと吹き出してしまったのです。
日本でなんでカップ数が近年改訂されたかを考えたんですが、多分自己意識っていうか、「カップ数が大きいほうがええ」と思ってる人が男女共にいるからなんちゃいますか?日本の「改訂後」の平均サイズが何なんか知りませんが、一応豆知識としてアメリカで一番よく売れるサイズ(正しいサイズを知っている人が少ないという事もあるのでこれが本当の平均とは言い切れない)は36C、日本の現在のサイズでいう約80Eだそう。日本に比べるとアメリカのほうが大きめのサイズも探しやすい事は確かですが、そんなに簡単じゃないのも確か。
クリスは私と下着売り場で買い物するのがすんごい恥ずかしいそうなんですが、それは女性の売り場にいるからではなくて、私がブツブツ文句を言うから。メーカーによっては私のサイズも置いてるけど、アメリカでもカップ数がDを超えるとアンダーの数も比例して大きくなって、自分に合うのが売っていない事もしばしば。カルバン・クラインなんて一番酷くて殆どのデザインはCまで。質は悪いけど、一応サイズは揃っている事を誇ってるビクトリアズ・シークレットもDカップは値段増しとか...
はっきりいって買い物してるとブチ切れします。で、クリスが嫌がっていた理由は誤解が元だったんですが、「かずはがブツクサ文句言ってるのが胸の小さい人に聞こえたら、傷つくで。」という彼の意見。日本で化け物のような「巨乳」なんていう呼ばれかたをしている友達が回りに沢山いたので統一意見としてまとめられると思うのですが、他人から「胸が大きい」と扱われる人は他の人が何のサイズであろうが別に気にしませんし、興味ありません。なんせ他人が問題なしに見つけられるものが自分は苦労して探さないといけない、余分に払わなければならないのが鬱陶しいだけなんです。
これは私の場合「背の高い人」というカテゴリーにも入ってるので同じ事が言えるのですが、本当は158cmの人がさばを読んで「私161cm」と私に教えてくれても、私にはその3cmの違いは何も意味しないのと同じ。例えば私の中では世界には3つの身長しか存在しない。→(目線でみて)@自分と同じくらい(165cm〜175cmくらいちゃうかな?なんせ感覚なのでバラバラ)A自分より低いB自分より高い。他の何でも数値がついてる物は服や靴のサイズでも「サイズはサイズ」としか受け止めないので、私が自分に合うブラジャーのサイズが見つからなかったり、同じ物に余計な値段を払わされたりして売り場でぶち切れしても悪い事でもなんでもないと思うのです。
で、日本でのカップ数の改訂はあんまり良くないなと思うのは、女性がやっぱりそういうしょうもない数値で判断されるのを好むという今だに封建的なところや、「素の自分」を受け入れたくないみたいな右にならえ的文化を助長しちゃうところかなぁ。日本のブラジャーはパッドがついてたり「寄せて上げる」(布がどうやって寄せれるのかはよう理解出来ないのですが)効果とか色々あるそうで、アメリカに移住後もそういうのをつけてる人が沢山いるよう。
アメリカにも例えば65Aとかいう人もいるわけで、そういう人はでは何を着ているいるんか... 大抵パッドもはいっていないブラジャーか、キャミソールみたいな物。特にNYCで小さい胸をパッドでカバーするというのは日本人か本土出身の中国人くらいしかしないと思います。胸の小さい有名人の例を出すと私も好きなグウィニス・パルトロー。
色々なファッション誌でも登場する彼女はたいていブラジャーもしていないまま撮影してると思います。アメリカ人の男の人(この場合アジア系に興味がないアメリカ人男性達です)によると、「パッドが死ぬほど入ったブラジャーをしている女の子は胸が異常な程尖がっているのですぐ分かるし変」だそうです。私も胸が小さめの人はそれをいかした服なんかが沢山あるから変に不自然にとがるものをつけるんやなくて、パッドなしでピタッとしたキャミソールとかを着てるときゃしゃで繊細な感じがして逆に女らしいと思うけど。グウィニスも、カリスタ・フロックハートもそういう系統でいつもテレビや映画に登場してるし、「自分が一番」という態度がよくわかってとても素敵やと思う。
この「自分は自分」という感覚はNYCで地元人として生きていくのに重要やと思う。他人が何をしようと「自分」に一番似合ったものを選ぶのは勿論NYC流にかかせへんと思うけど、その自分がけっこう「素」である事もニューヨーカーの中では評価が高い。実際街を歩いてても、学校でも会社でも化粧しない人のほうが断然多いと思います。元々金髪の人なんかはまつげも金髪なのでそういうわけにもいかないらしくマスカラだけきっちり色をつけてる人も沢山いますが。上でも例に出ているグウィニスもNYCに住んでるけど、あんまり濃いメークはお仕事している時もしてない人やけど、普段街で目撃されたり、雑誌のインタビューのために参上する彼女はすっぴんなんやそう。
この長たらしい文章をここまで読んで「ふんっ、私は日本人だから、日本人ぽく尖がったブラジャー着て、タランチェラ系のマスカラして、髪の毛もオレンジ色でいいのよ。」っていう人はそれで結構。自分でそれが「似合っている、そういう外見でいたい」っていうんなら大いに賛成。でも「皆がしているから」というだけの理由からNYCでもそういう格好をしている人はもうちょい個人の価値を見直す必要があるんちゃうかと思う。改善の余地がある方、「素」の自分を誇りに思えるニューヨーカーになってみません?
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