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March 11, 2002
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はじまって、終わって、またはじまる。 はじまったところ。 久しぶりにパロアルトに行ってきた。思えば6年前にパロアルトにはじめて来たときの感動を忘れられない。ようやく「ここ」に来たのか…と。普通の旅行者の目には結構文化的で洒落た街としかうつらないかもしれないが、Macが当時から好きだった僕にとって、パロアルトとはXEROXの研究所PARCがあるところであり、そこからGUIをはじめて実際に搭載したコンピュータALTOやページ記述言語、イーサーネットなど数え上げればキリがない。その後の僕にとって(そして間違いなくとても多くの人にとって)重要なものが沢山うまれた街だ。 ALTOから“盗んだ(?)"GUIを使ってAppleはLisa、Macintoshをつくり出す。その中心人物だったスティーブ・ジョブズをずっと昔、僕はかなり至近距離で見かけたことがある。まだNeXT当時で、誰もが彼のことを「既に過去の人」と思っていた時代のこと。僕はパロアルトのあるサンドイッチ屋ですれ違う人に気付いた。「あ、スティーブ・ジョブズだ…」。それから間もなくAppleに復帰した後の彼の活躍は本サイトを閲覧される方なら御存知だろう。初代iMacからはじまって様々な魅力的な製品を世に出し、「もはやこれまで」と思われていたAppleに再び生気を戻した。 パロアルトの商店街にはApple直販店があり、直販で今のところ唯一ショッピングモールなどに入っていない「一戸建てのお店」。全然根拠は無いのだけど、やはりパロアルトへの思い入れからそうしたのでは?と何となく思ったりも。ショーウィンドウにはiPhotoをテーマにした展示、そして1月に登場したばかりのiMacである。「新生Apple」のアイコンと思える初代iMacだったが、今年、液晶画面を採用しそしてまったく新しいデザインに変わっての再出発である。 はじまった町 今回パロアルトに行ったのは、ベイエリアで僕が思い入れのある土地をもう一度見ておきたかったから。そして最終目的地はサンタクルーズというところ―――ここは僕が渡米してはじめて住んだ土地であり、モントレー湾に面した海岸にあるカリフォルニアの地方都市。テクノロジー関連というとサンノゼ周辺からやシリコンバレー辺りという印象があるが、サンノゼから車で1時間弱のサンタクルーズ、及びその一帯もなかなかどうして。皆さんになじみのある会社がいくつもある。 Painterを開発していたFractal Designや、以前はUNIX企業SCO(Santa Cruz Operation)もあった。現在でもPoser開発元のCurious Labsがあるほか、となり町のスコッツバレーにはBorlandやハードディスクのSeagate、音楽関係ではEmu systemsが、逆のとなり町ワトソンビルにはStuffItで有名なAladdin Systemsもある。僕の部屋の隣に住んでいた方が「StuffIt開発元に面接にいったけど落ちてね〜」などといった話をすることもあったなど、町ではなにかとMac関係の話をする機会も多いところだった。またパーティーでお会いする人にはAdobeやAppleに勤務している方も少なくなかった。考えてみればクパチーノまで車でわずか40分程度の距離なのだ。 僕が日本からサンタクルーズに移り住んだのは、あるソフト会社のユーザーインターフェース・デザイン担当になる機会を得たからだ。当時野心まんまんでいくつかのソフトを担当した。YahooやRealNetworkなどが株式公開を行って創業者が巨万の富みを得る…という話が出始めた当時、勤務する会社も株式公開になるか?とも言われていた。それなりにストックオプションも持っていたので、間違えば百万長者程度にはなったかもしれない。当時の思い上がった状態の僕がもし富も得ていたら、どれほど嫌なヤツになる事ができただろう?…今思うとかなり恥ずかしい。しかしながら、その勤務先は無理な会社運営からポックリと倒産。世の中そうそう、うまくいかないのである。その後さらに2社を渡り歩くこととなったが、「夢よ、もう1度」はそれほど実現しないもののようだ。 再起動 住みついたサンタクルーズのキャピトラというところには小さいながらも、その地域で唯一のMac専門店があった。ComputerWareというチェーンの店鋪で、歩いてわずか5分のところにあるその店は、週末になると周辺のユーザーグループ・メンバーのたまり場に。そこではいろいろと出会いもあった。中には夜はタクシー運転手として働く、少年時代を神戸で過ごし関西弁バリバリの米国人フォントデザイナー…など変わった経歴の人も。そんなComputerWareもある日閉鎖となるという寂しい話をサンフランシスコに移り住んでから聞くことになる。Apple直販店が展開される前に解散する事にしたのだという。 週末にキャピトラまで足をのばした時に、再オープンしていたComputerWareの店鋪を目にすることができた。実はクパチーノのApple本社すぐ近くにあるMac販売店Elite ComputerがComputerWareの商標を得て、一部店鋪を復活させていたのだ。話では聞いていたけど、改めて店を見るとやはり嬉しくなった。懐具合の都合から、「ご祝儀で新iMac買っちゃう!」とは言えないのが残念だけれど。 そういえば、ジョブズがNeXT時代にWiredのインタビューの中で「アメリカ人は東でとんでもない失敗をやらかしても名前を変えて西に移ればどうにかなる…もちろん今はそうできないにしても、そういうメンタリティがある。」という内容の答をしていた記憶がある(実際に本が無いので細かい言い回しは異なると思う)。実際米国人を見ると懲りないヤツらが多く、いつでも人生リセット可能と考えているように見える逞しさという点では羨ましい限りだ。僕はいろいろな都合からカリフォルニアを後にして東京に移り住むことになった。これを悔やむことは簡単にできるのだけど、どうせなら米国人のその手の逞しさを真似したい。逆に東京行きを新たなチャンスと考えるくらいで丁度良いのだろう。■ |