『旅』 ルイサ・バレンスエラ 斎藤文子訳

《はじめに》
『旅』というタイトルについて
・ なぜ、『旅』というタイトルをつけたのか。
・ 旅先のことを一切書かなかったのはなぜなのか。
・ ルイサ・バレンスエラの自信→自分は“本当の旅”を理解しているという自信
・ “本当の旅”とは何か?

1.内容説明
ルートの確認(地図)
・この旅の目的→書いて、消すこと?

2.作者紹介
・彼女が小説を書くときに絶えず関心を持っていることが三つあるといわれている。
       “政治、言葉、女”
(1) バレンスエラにとっての“女”
(2) バレンスエラにとっての“政治”
(3) バレンスエラにとっての“言葉”
・ルイサ・バレンスエラの、常に旅の途上であるような生き方
・“故郷喪失者”であるルイサ・バレンスエラ
(→II.作者紹介へ)

3.旅から帰ってきた部分の記述
魔女ランダについて→死と再生を司る両義的な神
・忘我(トランス)と“本当の旅”との共通点→死と再生の儀式

4.問題提起
・書いて、消すことにどんな意味があったのだろうか。
・ルイサ・バレンスエラにとって“書く”ということは、どういう意味をもつのか。
・“わたし”の中から新しく生まれたものは何か。
             ↓
        “本当の旅”とは何か。



II.作者紹介
  ルイサ・バレンスエラが小説を書くときに絶えず関心を持っていることが三つあると言
 われている。“政治、言葉、女”である。

1.“女”
・ フェミニストの傾向は第一作の『微笑まなくちゃ』からすでに見られ、しだいにそれは
 明確になってきている。
・ 彼女の物語に登場する女たちも、はじめは男に翻弄され、流されるがままになっているが、
 最後に自分の意志を行動に移していく強い女たちである。
・ 現代日本よりもはるかにずっと女性に対する社会的・道徳的拘束力の強いラテンアメリカ
 において、自立する女性というテーマや、女性が描くセックスといった問題は、私たちが考
 える以上にインパクトが大きい。

2.“政治”
・ 1974年、ペロン大統領が急逝してから政治状況が悪化。軍部によるクーデター。
・ 1975年『ここでは奇妙なことが起こる』
        →ブラック・ユーモア、グロテスクな描写、不条理な状況に満ちている
   「それでもあの頃はまだ戦う相手の姿が見えたし、言葉で戦うことができると
  まだ信じることのできる時期でした。」
・ 状況は悪化。作家が行方不明になったり、脅迫されたり、出版社が爆破されたり、
 本が焼かれたりということは日常の出来事。
・ 1977年『武器の交換』
       →拷問や抑圧のことを書いた短編集
        男女の恋愛を描いているが、それぞれ軍や警察の残虐行為に対する無言の
        底知れぬ恐怖が主題
「とても他人に見せる勇気がありませんでした。」
・ 彼女の作品は軍のブラック・リストに挙げられ、もはや言葉では暴力に立ち向かえない
 というところまで追いつめられる。
・ 1979年、彼女はとうとう国を去ることを決意した。
・ 7年間の軍政時代に多くの文学者がアルゼンチンを去った。亡命した者は故国を思って
 作品を書きつづけた。

3.言葉
・ 1969年『能ある猫』
       →造語、洒落、語呂合わせ、ページ上の文字の配列による言葉遊び。
・ 70年代に入って、ジャーナリストの立場を利用して、政治活動に関与。
・ 政治的恐怖がアルゼンチン社会に蔓延し、1979年ニューヨークに発つ。
・ アルゼンチンの言葉からも距離を置いて、力強く新しいスペイン語を創造する。
・ ニューヨークで、スペイン語の執筆を続けることは難しかったらしく、できるだけメキ
シコに行く機会をつくって集中して書いたという。
→「小説家が外国語で文章を書くことは裏切り行為のような気がするのです。」
・ 83年、アルゼンチン民主化。ブエノスアイレスに戻ることは可能だったが、戻らなか
 った。
・ 88年ニューヨークからブエノスアイレスへ拠点を移す。
→「理由は言語の問題でした。あまりにも英語に“侵略”されていたので…夢やひとり
  言まで英語になってきて不安を覚えました。」



《ルートの確認》

A.ブエノスアイレス/エセイサ空港
B.リオ・デ・ジャネイロ/ガレオン空港
C.ニューヨーク/ケネディ空港
D.パリ
E.ニューデリー
F.バンコック
D.デンパサール
(H.シドニー)


"わたし"は、"カルロス"の気を引くために、旅に出ることを決意する。

この"旅"が他の旅と違う部分
I  トランジットの旅行者になり、出入国管理の境界を通り抜けることなく、3日間どこの市民でもない気分を味わうことにする。
II  ノートを一冊。"カルロス"について思いついたことや、彼の言った言葉を書き留めたくなったときのために持っていって、書いたことは頭の中から削除するためにていねいに消す。

1. エセイサ空港行きの路線バス86番に乗る

2. エセイサ空港からリオデジャネイロまで
・カルロスの言葉を5つ思い出し、吟味して書き留める。

3. ガレオン空港(リオデジャネイロ)
・こうした言葉をゆっくり丁寧に注意深く消す。
・飛行中に書き、空港で地に足をつけて消すことにする。

4. ニューヨークまで
・朝食の時起こしてくれるように、スチュワーデスに伝える
・ニューヨークの街を飛行機の窓からゆっくり眺める。

5. ニューヨーク(ケネディー空港)
・ 乗り継ぎの待ち合い室という誰の場所でもないところにいることで、「本当に滞在していない」と思う。
・ カルロスに"伝書バト"と呼ばれたことを思い出す。

6. パリへ
飛行機の窓からパリを偵察しようとするが、着陸は完全な失敗。

7. パリの端っこに来ている
・ カルロスにプレゼントされた香水をつける。
・ ガラスの下にいるような、水槽の中にいるような気分になる。
→ブエノスアイレスについて考える。
・ 強行軍の旅のせいで、ある種の恒常的な仮眠状態。
・ バリについてからのことを考える。

8. パリからニューデリーまで直行
・ 睡眠薬経由の直行便
・ 配られる飲み物や食事だけ経由する直行便

9.ニューデリーからバンコックへ
・ 世界半周。
・ 隣の男に結婚や、恋人のことであれこれと質問される。

10. バンコックで
・ 自分を再認識するためにパスポートを開く。
・ 自分の名前を何度も何度も繰り返し読んで、自分のやるべきことを思い出す。
→最後に書いたことをすべて消すこと。

11. 最後の飛行区間、ガルーダの翼→バリへ
・ わたしはだれを愛しているのだろう。睡魔が、わたしに答えをだしてくれない。
・ 見直しもせずに、考えることもなしに消す文字が、答えをだしてくれるのだろうか。

12. デンパサール到着(バリの首都)
・ 別の世界に入るための唯一通過可能な境界線
・ 旅もここまでくると、海岸のどこかの安宿にたどり着きたいだけだ。

13. カルロスとの再会

14. バリへのきわめて短い旅行についてある友人に話す

15. 彼女のノート



《魔女ランダについて》
・ プーラダレムの守護霊
・ ただ恐ろしいろしいだけでなく、たいへん魅力のある存在として性格づけられている。
・ いろいろなものの化身になるとともに、いろいろなものに自在にとり憑き、まさに神出
鬼没である。
・ ときに、魔術を使って病気を治したりもする。
・ 死の原理を体現しているだけでなく、同時に死をとおして再生をも司っている。
・ ガラスの眼は、危険なやさしさをたたえて輝いている。だが、口を大きくひらき、長い
爪をはやした指で幼児の手足をばらばらに引き裂いている姿は、そのやさしさとちぐは
ぐである。
・ ヒンドゥ教の死の神ドゥルガが、あらわれた姿である。
・ドゥルガとは〈近づきがたいもの〉を意味し、しだいに〈大母神〉Deviの性格
をそなえていく。それと同時に、ドゥルガはもう一人の恐ろしい女神カリをその分
身としてもつようになる。
・女神カリは、死や破壊にかかわり、とりわけ血の儀式を好む女神。
・ テリブル・マザー
・女性的なものの負の基本的要素。人間の暗黒で底知れぬ側面や、人間の魂がとりう
る恐ろしい姿を生み出す。→死、破壊、危険、災い、飢餓、無力
・大地の子宮は、生きとし生けるものを貪り食う、地下世界の恐ろしい口になり、生
命を生みすべての生物を地上にもたらす女性が、同時にそれらを自己の胎内に送り
かえし、わなを仕掛け、獲物を追いかけ、掴まえることになる。
・テリブル・マザーは飢えた大地であり、自分の子供たちを貪り食って、その肉でお
のれをふとらせる。



(福島朋子 1999.10.04)



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