所沢ダイオキシン問題で感じる事
1.某環境コンサルタントさん
2.中山正毅さん環境・いのち・教育

1. 所沢のダイオキシン問題については、一寸センセーショナルな問題となりました。ニューステレビ番組で報道されたことが大きなきっかけとなったわけですが、こうした報道に対する批判等に対しては、本当に日本人として寂しい思いです。また、その報道番組に出演した環境コンサルタント会社の研究所長も偉いと思いました。彼が云っていた言葉で「日本の技術者はこうした問題の発言に対して余りにも消極的である」は、私も含めて考えさせられるものでした。

  ただ、私としては、民主主義が成熟していない日本(日本が本当の民主主義になるには、あと100年はかかると信じています)にあって、エポックメーカーとして時代や人を動かすということも大切かもしれませんが、敵の懐深く潜入し少しづつではありますが、中から動かすことに重点を置いて行こうと考えています。なぜなら、国や地方公共団体の仕事を通じて考えたことなのですが、日本人はこうしたセンセーショナルなできごとがあると、異常とも云える程ヒステリックに騒ぎ立てるのですが、ただそれだけで、いつも「喉元すぎれば・・・」という態度が多く、担ぎ手がいなくなった御輿のようにさせられることが多いのも事実です。こうした思いは、私だけでなく良心を持つ公務員においても同様のやるせない思いをもつ人も多いと思います。国民は、官僚や公務員を批判し信用しないところもありますが、官僚や公務員にとっても、国民を信用できないものがあるという事実です。

  したがって、今回は所沢だけがスケープゴード的にあげられてしまいましたが、むしろ、もっと国あるいは国民全体の問題として取り上げられることを願うところです。
  そのためにも、今国会で決定される「情報公開制度」の制定と、さらなる発展に心より私は期待しているものです。 



2.日本人は,何か契機があると,一気に騒ぎ出し,そのうち,いつの間にか,その騒ぎが消えてしまう,という習性があります。いまから一年半くらい前でしょうか,私は環境汚染が気になっていたものですから,アメリカからStolen Futurを取り寄せて読んだのですが,その頃は,内分泌攪乱物質(日本では環境ホルモンなどといいますが)なんていう言葉は,ほとんど聞こえてきませんでした。政府も環境庁も,のんびりしたものでした。だから焼却場は野放し,ダイオキシンは出し放題でした。ところが,どうでしょう。今や,日本国中,新聞も週刊誌も,ラジオもテレビモ,環境ホルモン,ダイオキシンで大騒ぎという感じです。それは悪いことではありませんが,何かおかしいですよ。せめて今度は,今までよりはこの関心が長続きして,少しでも多く行動する市民が誕生してくれればよい,と祈っています。きょう,さきほど,夜の7時のニュースを見ていて,思わず笑ってしいました。あきれて...国会の委員会の審議の模様が出てました。ある議員が立ち上がって言ってました。「きのうのテレビ朝日の,所沢の野菜のダイオキシン汚染の取り上げ方は問題だ」みたいなことを言ってました。
これは相当ズレている。今まですでに,所沢には,あれほどひどい汚染の状況があり,それが指摘されてきたのに,政治は,それを放置してきました。問題なのは,この汚染の現実です。政治はこの現実こそ問題にし,対策を論議すべきです。ところが彼は,問題を取り上げたテレビの方を問題にして,文句を言ってるわけです。思わず苦笑し,それから,悲しくなりました。でも,こんな人物には,私の運命を任せておけません。危なくて,とてもついて
行けないですよ。ですから,今は我々住民の側が少しでも賢くなること,その賢さを武器に行動することだと思います。諦めたら万事休すです,負けです。
また明日,仲間増やしをやります。住民運動は,決して深刻なものではなくて,結構楽しいですよね。現実と闘いながら,よりよい未来を夢見ている。そういう人が多いからでしょうか。
(所沢のダイオキシンは結局テレビ朝日の謝罪で一応沈静したかのように見えますが、こんな感じですと、日本の将来の環境問題は益々暗いトンネルの中に入ってしまいそうです。この動きが大きなうねりになって行政を動かすようになればと思ってましたが。)


 
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