『修学旅行と観光』
修学旅行の実施は従来から参加する生徒自身のみならず、受けれ入れる地域や広義な意味で国内旅行の振興に多くの場面で貢献してきた。修学旅行の実施は今や「人を育て、地域を活性化し、交流の機会増大に寄与するもの」といえる。修学旅行が果たしてきた効果について独断的に考えてみた。
一.「修学旅行は地域活性化の源」
修学旅行では多くの生徒が全国各地に移動する。そこから生まれる観光や宿泊、移動にから発生する経済効果は地域の経済を活性化し、そこに住む人々の生活に関わってきた。修学旅行は地域の活性化に役立ってきたのだ。修学旅行で生徒が地域で消費する内容は、宿泊、食事、交通、土産、入場など多岐にわたり、また関連する消費需要も多い。考えてみれば衣食住に関係するほとんどのことが、他の地域からきた人により地元に還元されているわけである。その意味では一般の旅行者にもいえるが、景気に左右されず定期的に消費される需要である点は見逃せない。しかも修学旅行では一般旅行者がたくさん訪れる観光地や名所、時期は敬遠しがちな性格からしても閑散期の受入れはありがたいものである 財団法人修学旅行協会資料によると、1994年修学旅行人口は497万人、総旅行費用は2748億円である(小学校も含んでいる)。これを高校中学校別にみてみると、高校での修学旅行人口は159万人、総旅行費用は1436億円である。中学校での修学旅行人口は177万人、総旅行費用は939億円である。このうち宿泊費と入場拝観料は行き先の地域で
消費されると大まかに試算すれば、高校で地元におちるお金は686.4億円、中学校で370.9億円とこのくらいになる。総額約1057億円である。これにその他費用が含まれば、これ以上の消費が実存するわけである。まさに修学旅行は定期的に地域にお金を落していただけるありがたい団体なのである。閑散期の一般旅行者は鬼に見えるが、閑散期の修学旅行はみんな福沢諭吉の顔に見えるというのもあながち嘘ではないだろう。
二.「修学旅行は国内旅行を促進する」
修学旅行は長い期間で捉えるなら、国内旅行の促進に役立っている。あまり目立たなっかった地域をメジャ−にする。古くは萩や津和野がポピュラ−になったように、最近のビビッドな例では富山県の五箇山や北海道のポテト共和国などあげられる。この富山県の五箇山は1995年12月に白川郷とともに合掌造り民家が世界遺産に登録された。これなど十数年前から修学旅行では農山村の体験学習の場として多くの学校が訪れている業界ではお馴染みの地域である。それがここ最近ふるさとや農山村の自然に憧れる都市部の観光客に人気がでてきた。グリ−ンツ−リズムという言い方でいま農山村が注目を集めている。先の例のように、修学旅行で生徒が訪れた土地は数年後人気の観光地になる可能性が高いといわれることが多い。確かに取り立てて騒ぐことのないような地域が何故だか注目を浴びることがある。それは、修学旅行で訪問したことがある地域に、偶然リピ−タ−として観光旅行で訪れただけかもしれないが、そうであったとしても地元では一度で二度おいしい修学旅行と言えないだろうか。ただ同じ土地に二回目に訪れても修学旅行とは違った視点で見るこ
とにより、新たな感動が蘇ったり、懐かしく思うこと、感動を覚えることも多々あるだろう。こうして二度訪れる観光客が増加していけば、広義な意味で国内旅行の促進に、交流人口の増加につながるものになることが期待できる。修学旅行は将来的な国内旅行の促進の起爆剤であるといえる。
三.「修学旅行は地域の人材を育成・活用する」
修学旅行を地域で受け入れるためには斡旋組織が必要である。学校単位で数百名の修学旅行生徒を効率よく斡旋するために受入れ組織のスタッフの熟練さがものをいう。斡旋組織は企業であったり、一つの旅館やホテル、地元の温泉組合、民宿協会、旅館ホテル組合、観光協会であったりと形態はさまざまである。ただ地元の人材の活用なしでは修学旅行での対応は困難である。単に宿泊するだけでも旅館ホテル従業員が必要だし、土産物や、体験学習の実施、地元の方々との交流を含めても多くの方が関わっている。体験型の修学旅行については創作教室、農業や漁業体験の実施に際しても地元の方々の協力は大きい。また、受入れに際して、組織を立ち上げる段階で人材を育成していくことが考えられる。例えば鹿児島の修学旅行シルバ−ガイドや京都のスカイセンタ−観光ガイドなど、組織で人材を育成・活用しているケ−スもある。特に経験豊富な地元の方々の活用は修学旅行の活動内容をスム−ズに進めるのに役立つ。この過程で人材が育っていくことで、さらに強力な受入れ組織が確立されていくだろう。また参加しているシルバ−層のメンバ−のモチベ−ションを
あげ、やりがいを感じさせて地元の活性化を促進していくという点では、このシルバ−層の活用は一石二鳥の活用策といえる。このシルバ−層の活用は、将来的には高齢化社会の到来に向け、自治体がより積極的に取り組むべきテ−マであろう。
四.「修学旅行は地方の情報発信に役立つ」
修学旅行で訪問先の歴史、文化、伝統、産業の見聞をすることは、その土地でしか見聞できない貴重な体験をすることになる。当たり前のことだか、見方を変えるなら逆に地域が修学旅行の生徒に地域を情報発信しているといえないだろうか。他の地域の生徒にその土地土地の伝統文化、歴史などを伝え、地域間交流を実施しているとも考えられる。修学旅行生がその土地で見聞体験したものは、修学旅行が終わり自分の住む町に帰っても、生徒には経験として残る。不特定多数の人々への観光宣伝する以上に確実に地域を情報発信しているのだ。
『少子化時代の修学旅行を考える』
日本における「高齢化」と「少子化」は今急速に進んでいる。『日本の将来推計人口』(厚生省)の中位推計よれば、2011年に日本の総人口は1億3044万人でピ−クを迎え、65歳以上の人口の割合は21.4%となり、その後減少に転じる。高齢者の人口が多いというより、子どもが少ないということも考えられるが…
学校現場に目を向けてみると、1992年の122万人いた18歳人口をピ−クに減少し始め、1995年には110万人強まで落ち込み、2000年には97万人になると予想されている。受験生が増え続けた七年間が「ゴ−ルデンセブン」と言われたのもの遠い過去となった。
1994年の出生数は前年より5万人以上の増加となり、少子化に歯止めがかかる期待がもたれていたが、「1995年人口動態統計の年間推計」によれば1995年の年間出生数は、前年より4万5千人以上減少し、119万3千人で2年振りに120万人を割り、再度減少に転じたという。
修学旅行においても少なからずこの「少子化」の影響による修学旅行生の減少が起きているの周知の通り。以前から分っていたことではあるが、社会環境が変化することにより、修学旅行の実施内容も変わってきたように感じる。その特徴を体験的にみていきたい。
一.「団体の中の個人から個人を含んだ団体へ」
核家族の増加にともない子どもたちの中には、集団生活の不適応者生徒が増えているという。兄弟姉妹や友達も少なくなり、人間関係の調整力が欠如する子ども増えているというのだ。この意味では修学旅行は「旅行という宿泊的行事を通して、集団活動や生活、良好な人間関係の譲成への訓練をする絶好の機会であり体験の場ある」といえる。
今回の文部省『学習指導要領』の改訂で「旅行的行事」が「旅行・集団的宿泊行事」ノ位置付けられたのもうなずける。従来の修学旅行では観光地への見学は学年全体でクラスごとの見学が多かった。最近ではグル−プ単位での行動が増えている。これはクラスの構成人員が少なくなったこともあるが、小人数の方が同じ団体の中で役割分担し行動するより、生徒へ責任感を持たせ、社会性、協調性を育みやすいという点も見逃せない。また学習という点からも団体で取り組むよりグル−プ単位の方が指導もいき届きやすいし効果的であろう。グル−プの中で自分のポジションを確認し、他人と異なることを認識、その中で相互の意思疎通を介して社会性、協調性を学んでいくのある。現状では「団体からグル−プ」へという段階であるが将来的には「団体から個人へ」移行するだろう。
修学旅行も最終的にはグル−プ単位から「個人」というものを重視した修学旅行へ移行するだろう。まずは、修学旅行の実施時期は同じで、クラス単位での行き先や目的は個別という実施形態で今後は増えるだろう。実際にクラス単位で修学旅行を実施している学校も実存する。もはや昔の修学旅行のイメ−ジはそこにはない。
さらに進んで、修学旅行のテ−マとしてもクラス、グル−プでの設定ではなく、個人が課題を設定して、それを団体活動である修学旅行の中で自分なりに解決していくという形態の修学旅行が行われるかもしれない。まさに個人型団体活動としての修学旅行であるといえないだろいうか。
二.「和から洋へ」
我々の生活様式が和風のものから洋式のものに変化するにつれて、修学旅行でも衣食住の面で当然変化が現れた。
当時は一枚の布団で二名が寝るということはあったが、さすがに今はこんなことはないだろう。ここでも団体からグル−プ、グル−プから個人という流れが見受けられるのではないか。修学旅行で宿泊する施設については、ほんの十数年前まではほとんどの場合は旅館であった。これは畳のある部屋を持つ宿泊施設という意味での旅館である。最近ではベッドを備えた部屋を持つホテルが増えてきた。われわれの生活が布団からベッドに移行してきたことも要因であるが、五〜六人で一部屋という部屋割りが、今やホテルでのツインル−ム、またはトリプルでの使用という形態が目立ってきた。食事も朝食・夕食に関わらず、洋食メニュ−が好まれるようになった。朝の味噌汁やご飯は、ミルクやパンになり、布団はベッドに、トイレも和式から洋式になった。修学旅行では洋式でしかトイレにいけない生徒も現れた。旅館の雰囲気、和食のメニュ−は次第に減少しつつあるのだろうか。今後修学旅行の実施については洋式、洋風がキ−ワ−ドかもしれない。最近宿泊施設で人気があるのは、実際の宿泊は別にしても「民宿よりペンション」「旅館よりホテル」これが現状だろう。伝統的な木の雰囲気の旅館よ
りおしゃれなペンション、近代的な鉄骨のホテルの方が人気があるし、現代生活にマッチしているのかもしれない。また生徒の減少、活動単位の縮小化にともない、ホテル形式、小人数での宿泊形態のほうが生徒にとって利用しやすいのも事実だろう。
三.「見聞から体験へ」
修学旅行が学年単位、クラス単位で行われている時は、見学は団体で見聞できることが前提だった。下手に個人行動されると先生の目がとどかず管理困難だからだ。しかし今や修学旅行の目的のなかでは、班別自主研修、体験学習は切り離せない重要なキ−ポイントになっている。最近の生徒の日常の生活、行動様式、意識を考えてみると、都市部における自然体験や社会体験、労働体験などは極めて乏しい。メディアをはじめとする映像、文字情報を通しての目や耳から得られる情報がほとんどである。五感を通して感じる体験が極度に不足している。その意味では修学旅行という非日常的な場で、普段と異なる自然や文化、産業に直接触れ、実体験できる機会は重要といえる。見聞から体験へ、見ることから触れることへ」。よくいわれることに耳から聞いたことは右から左へ素通りすることが多く、見たことは記憶に残り、体験は確実に自分の中に残るのだ。体験というものは、将来社会で生きていく上で、物ごとに対する見方や、考え方、とらえ方を養う訓練となる。とりわけ子どもの頃の体験は、より具体的な体験活動を通して、知識や思考、判断力、行動力などを育 むのに役立つからだ。
〔修学旅行における主な体験学習の一例〕
・創作体験…地域の伝統工芸、民芸品を中心に、半分くらい仕上がった最後の工程を生徒に創作させるもので、焼き物や絵付け、凧づくり、紙すきなど。
・農作業体験…じゃがいも掘り、田植え、稲刈り、りんご狩り、みかん狩り、さくらんぼ狩りなど農作業の一部を体験するもの。
・伝統芸能体験…地域に伝わる伝統芸能の鑑賞。一部では実際に生徒が習得することも可能なものまである。昔から伝承されてきた踊りや唄などである。
・スポ−ツ体験…スキ−修学旅行など生涯学習の一環として高校を中心に人気がある。最近ではマリンスポ−ツも出現した。
問題点は、修学旅行という時間的に制限のある中、終始一貫すべての活動過程を体験できないことであろう。創作体験なり農作業にみられるように、半製品を完成させるとか、作業の一過程を手伝わせるということが、その歴史や社会背景、地域特性、物ごとの本質を理解し、その上で体験しているのかどうかが疑問である。
しかし、団体行動ともに体験を中心とした修学旅行内容は、時代に対応しつつ実施形態は変化するものの、今後も確実に増加してくことが予想される。
四.「少子化」による修学旅行への将来的展望
一般的には年々出生数は減少傾向にあり、子ども人口全体が縮小に向かいつつある。バブルの頃は「一点豪華主義」などと言われたが、そんな時代も過ぎ去り、いまや不況のもと消費市場全体が低迷にある状況だ。
社会一般的な傾向では、人口減少より新製品の開発力のほうが期待できるため、子どもの消費市場は拡大するとみられている。現に子どもが大人の真似をしたりする背伸び執行や、ワ−プロ、電子手帳やポケベルなど大人と同様の電子機器を持ったりして、購買層はますますの低年齢化が進んでいる。
ここでは考えられうる少子化にともなう修学旅行への将来的な影響を予想も含めて大胆に考えてみた。
まず一人当たりの修学旅行単価の上昇が考えられる。
当然のことだがバス一台当たりの頭割りにしても分母が小さくなれば、出てくる数値は大きくなるし、宿泊にしてもツインやトリプルベ−スの部屋使用ではどうしても料金は割高になる。とくに行動の主体が団体から個人へとシフトするにつれて、次第に団体割引きやスケ−ルメリットが活かせなくなりつつあるのが現状だろう。交通費宿泊費などの頭割り項目は仕方ないにしても、問題は単に旅行料金が上がることではない。宿泊、食事個所では、実際のところ修学旅行は料金的に安価なため、ある程度の不便さやお粗末さは黙認されてきた傾向がある。つまり安いのだから文句言うな式の対応だ。しかし今後は一般の旅行と同様に修学旅行の本質に関わる体験学習の内容等へ、料金に見合う質自体の向上も当然望まれるだろう。安かろう悪かろうは修学旅行では通用ようしにくくなっている。現実に一般旅行者のほうが宿泊料金が安いという逆転現象もでてきている。
次に修学旅行の実施形態がよりグル−プ化、より個人単位で実施されていく。一部の学校でその兆候はすでにみられはじめている。費用の高額化にともない、修学旅行代金を低く抑えるために現地集合、現地解散の学校修学旅行が今後出現するかもしれない。
最後に学校一学年当たりの生徒数が減ったことに対して、学校間での「募集型の修学旅行の実施」が起こるかもしれない。共同実施、連合の実施形態はへき地の小さな学校などで実際にある。グル−プ化、より個人化は確実に進むものの、団体行動を通して実施する生活指導、とくに集団生活や公衆道徳の習得には修学旅行が有効なことをとらえれば、次のような実施形態も考えられる。
・学年同時実施…学校内で一学年の生徒数が少ない場合に、二年に一度位の実施で学年をまたがって実施
・連合形態での同時実施…いくつかの学校が同時期に実施。団体としての実施を前提として。
・選択幅のある目的別実施…学校内で修学旅行のコ−スをいくつか設定して生徒に申し込み選択させる。クラス個人単位を超えた実施形態として考えられる。実際に行っている学校もあるという。またさらに発展させて地域の数校で募集するというのも考えられるかもしれない。
『学校週五日制と特別活動』
1995年4月から月2回の公立学校において「学校週五日制」が実施された。1992年の開始当時はレジャ−、旅行業界ではこの時とばかりに、学校週五日制への土曜イベント、ツア−などいろいろな企画を打ち出していたのも記憶に新しい。「学校週五日制」については学校行事の縮小やカリキュラムの編成等の課題が報告されているが、今年3月の毎日新聞の世論調査によると、土曜休日が月二回になることに対しては「賛成52%、反対48%」(毎日新聞社4/18掲載)という結果になっている。 四月の発足した第十五回中央教育審議会においても、国際化・情報化・科学技術教育などと並んで、この学校週五日制が諮問事項として小委員会で検討されることになっている。 ここでは、多少修学旅行とは離れるが「旅行」に関して学校週五日制ではどのようなことが可能なのかを検討してみたい。
一.「家族旅行のすすめ」
数か月に一度は家族旅行をすすめたい。せっかくの休日にわざわざ家族旅行なんてとお考えかもしれない。
しかし、親子の関係をより深くするためにもいいのではないか。普段はコミュニケ−ションの機会が少なくなりがちな親子の絆をよりいっそう親密にすることにも役立つ。ここまで書くと現代のあるべき家族関係が相当稀薄になったと思われそうだが、親子関係の再確認にもつながるし、結構子どもが親を見直すいい機会になるかもしれない。
例えば大金を支払っていく旅行ではなく、キャンプや自然体験を中心とした比較的安価な旅行もおすすめである。車さえあればどこだって体験フィ−ルドになる。そして一緒にするアウトドアでのキャンプやスポ−ツなど、協力しながらつくりあげていく旅行の形が最適だろう。
また。なかなか家族ででかけても宿泊施設では洋室で別々の部屋に寝泊まりすることが多い場合などは、日本旅館での宿泊がおすすめだ。同じ部屋で家族で過ごす一家団欒の時間は何ものにもかえがたい。また違った視点からみると、日本旅館には日本の伝統文化が現代に受け継がれており、その中にはおもてなしの心、礼儀作法などがある。ぜひとも子どもたちと一緒にこのおもてなしの心や旅館の“わび”“さび”を体験してみてはどうか。躾という観点からも効果があるだろう。
二.「連続休日の増加」
祝日を金曜または月曜に移動させて連休を創出する。また祝日を増やすこと、企業に置ける休日の取得奨励も提案したい。
一年に祝日は13日あるが、何月何日のその日でないと絶対まずいという祝日を除けば、何月の第一週の何曜日と移動指定しても支障がないはず。
ここで例えば、年末年始とゴ−ルデンウイ−クを除く八日を曜日指定にして連休を創出したとすると、宿泊旅行の需要が増加し、年間二兆九六〇〇万円の内需効果が生まれるという。一人一人の力ではどうしようもないが、祝日移動による連休創出には運輸省をはじめ、旅行業界、宿泊業界関連組織等からの要望も多いと聞く。今や国内旅行は低迷のなかにあり、国内旅行の不振が観光産業全体に大きな影響を及ぼしている。国内旅行活性化には、この連続休日の創出、休日の増加による消費需要の増大が不可欠であろう。
三.「子ども旅行をする」
修学旅行でよく耳する「体験学習」を、小学生までの頃に経験していただきたい。ここで教育論を論じるわけはでないが、豊かな知恵は経験と知識のうえに成り立つとすれば、バランス感覚をそなえた人間形成には体験活動は欠かせない。子どもたちだけの自然体験旅行なんかがいいのではないかと思う。「百聞は一見に如かず」という言葉があるが、百回見聞しても一回の実体験には及ばないだろう。机上の見聞では知識は付けど知恵がつかない。大切なことは、頭で覚えた知識と同時にそれを活用する体験をすることだ。それには若いときの経験がいい。「鉄は熱いうち打て」というではないか。同じ世代の児童、生徒が集まって同じ目的に向かって協力しながら考えながら達成していくなんてめったにできないことだ。学校を越えた地域間でこんなことができうる旅行を旅行エ−ジェント、自治体受入れ組織で検討していただければと考える。今なら農業体験、エコツア−など子どもでも参加して体験できる旅行もある。
『海外修学旅行を考える』
一.海外修学旅行の現状
1995年に入って教育旅行界では「海外修学旅行」がちょとしたブ−ムである。韓国、中国をはじめ今やオ−ストラリア、シンガポ−ル、ハワイ、サイパン・グアムへの修学旅行まで、ここにきて一気に拍車がついた感がある。
1994年に海外修学旅行を実施した公立高校は、財団法人「全国修学旅行研究協会」の調べによれば107校である。また国内の修学旅行で航空機を利用した高校は1039校となった。同協会によれば方面では韓国・中国で全体の約九割りを超すという。ご存じの通り私立の高校においては、以前から海外への修学旅行を学校の特色として採用している。公立学校からの生徒奪取の切り札として昔はよく使われたものだ。
しかし、今や月並みな海外修学旅行くらいでは私立の魅力付けにはならないことにも気付いているはずだ。
もともと海外へ修学旅行を実施することについては国内と異なり、修学旅行の内容以前に公の部分でもさまざまな課題を抱えている。例えば数年前に運輸省が提唱した「海外旅行者1000万人計画」などは、政府の観光、航空施策の一環でどんどん日本人が海外へ出掛けていくことを推進した。そして1995年とうとう海外旅行者は1500万人を突破したという。
修学旅行の実施においては、管轄省庁は学校教育であるから文部省である。確かに国内での修学旅行の実施に際しては、取り立てて他の官庁をまたがって対応することも少なかった。こと海外修学旅行に関しては海外への輸送の面で運輸省が国内以上に関わってくるだろし、事前の海外の情報収集や万が一海外の地において不幸にも事故が発生した場合には外務省がでてくることになる。そして一番の窓口として従来の文部省があるなと三つの省庁が絡み合った上での修学旅行の実施とならざるをえないのが現状だろう。
急速な国際化の流れ、最近の円高基調、アジア志向などをみても海外修学旅行が盛んになるのもうなづける。海外修学旅行を昔のように特別視する必要はなくなってきている。 しかしその一方で一部の公立高校の中では、数年前から海外修学旅行を止めた学校も現れだした。国内修学旅行の方が自由に行動できて、実りのある旅行になるという理由からだ。
とりわけ私立の高校と異なり、公立の高校が現実に海外修学旅行を実施する際に数々の制約があるのも事実である。公立高校が海外修学旅行の実施の増加につれて私立高校の実施にまで影響が出始めた。それは生徒募集の差別化手段であった海外修学旅行が、もはや効果的な魅力とはなりえなくなったからだ。公立私立を含めていま、あえてなぜ海外修学旅行を実施するのかを再検討してみたい。
二.「海外修学旅行ねらいと効果」
海外修学旅行のメリットというより、むしろ海外修学旅行を実施する狙いと置き換えたほうがいいかもしれない。実施に踏み切るかどうかはこのあたりの効果が期待できるかが、ポイントとなろう。
実施意義の面では、
・「国際化への対応、国際理解と国際親善」
・「異国の歴史文化への学習」
・「外国語のなどの語学習得」
・「外国の見聞から日本についての再認識する」
・「海外の同世代の仲間との交流を通じて」
・「日本文化の普及」 等があげらる。
さらに実務面でみると、
・「国内旅行の費用と比較して遜色ない」
三.「海外修学旅行への課題」
海外修学旅行の実施が活発になるにつれて懸念事項もある。団体で実施する以上はクリアしていかなかればならない事項ではあるが、今後海外修学旅行が増加するにつれて早期に改善すべき内容である。
・「費用が高額になる」…公立高校などでは従来の国内の修学旅行と比較して割高になりかねない。全体としては確かに海外旅行は低価格化であるのだが。
・「コミュニケ−ションの問題」…異なる言語で本当の相互理解がはかれるのか。その手立ては現在のところ、伝統芸能文化の交流会程度のことしかみあたらない。
・「交流先の相手探し」…現段階では学校が自力で探したり、旅行エ−ジェント頼みの現状。これにともなう現地交流受入れ組織(学校)への負担増。校レベルの格差。
・「日本型修学旅行の押し付け」…国内で実施してきた修学旅行のやり方を海外の地においても要求するなど。現地の習慣や事情の理解が不足
・「事前学習の不足」…生徒の事前学習が不十分なため、不用意な発言、行動が現地での国際摩擦を引き起こしたり、期待した学習効果が得られない。
・「事前準備の繁雑さ」…旅券取得、海外安全情報、現地との打ち合わせなど。ほとんど旅行エ−ジェント頼みの現状でいいのか。
・「航空機の利用」…海外修学旅行を検討している学校の中には、自治体が飛行機を認めていない所もある。この場合フェリ−の利用となるわけだが、旅行期間や現地滞在時間に影響してくる。
・「安全面について」…少々辛口になるが、学校は日本と同様の安全体制を現地でも期待しすぎる。海外の事情をふまえた事前認識が不足しているのでは。
四.まとめ
こうして海外修学旅行の実施についての是非と検討してみると、概ね次のようにいえないか。実施のメリットは海外修学旅行の内容、実施意義にあり、デメリットは実施に際しての事前準備、実施斡旋のわずらわしさなど実務面にあるのではないかと思う。実施に踏み切るかどうかの基準は、費用や安全、事前準備以上に、実施により得られる意義や成果が期待できるかということであろう。どうしても事前準備に力点を置きすぎると面倒なだけの海外修学旅行という印象だけになってしまう。費用や条件ばかりに気をとられると、現地の斡旋体制や、学習内容にしわよせがいき、修学旅行自体がお粗末な結果になりかねない。ようはバランスの問題になってくるのかもしれない。得られる成果と種々の条件との兼ね合いか。寂しいことだが最終的には世界で通用するのは「お金」という共通の構図だけが残ることになるのだ。_
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