異端者に対する救出活動
クリスチャンのすべき仕事ですか

ランダル・ウォターズ著|ウィリアム・ウッド訳

(「真理」37号1994年7月1日〜39号1994年11月15日に連載されたものを、発行者の許可を受けて転載)

 

 最初の日は、彼は確信に満ち、高慢にさえ思われる態度を見せながら、自分の信仰の弁明をしていました。三日目になると、ニューヨークにいる統治体の教えに従う四百万人のエホバの証人の組織に対して、どう考えたらよいか、分からなくります。

 過度の疲労と戦いながら、三十代のカウンセラーは青年に具体的な質問を投げかけて、その答えを待っています。無理矢理に言わせることをせず、青年が自ら質間に答えるのを忍耐強く待っているのです。時には、五分以上待つこともあります。カウンセラーも、そこにいる青年の母親も、答えを言ってしまいたい気持ちで一杯ですが、青年を助けようとしません。彼は一人で考え、一人で答えなければならないのです。

 この青年は誘拐されたのでしょうか。自分の意志に反して、監禁されているのでしょうか。

 いいえ、彼はいわゆる「説得」を受けているのです。「説得」は、世間を壌がせた「洗脳解き」(deprogramming、つまり、相手の意志にかかわらず、こちらから一方的にかつ強制的に働きかけること)と共通点があるものの、異なる面もあります。

 「洗脳解き」は、一九七〇年代に注目を集め始めました。その時、テツド・パトリックという黒人が異端の組織の元でだまされた若者を解放するために、様々なグループを研究していました。カリフォルニア知事ロナルド・レーガンから、サンデイエゴ市の社会奉仕事業部長に任命されたパトリック氏は、ご子息が「神の子供たち」という宗教団体とかかわるようになってから、危機感を覚え、グループの実態を突き止めるために、自ら集会に参加しました。そこで彼が発見したものは、洗脳教育そのものでした。若者の心の防壁を打ち崩すための情報の洪水、睡眠不足、聖書朗読と関連づけられた肉体的刺激。自分の予想に反して、パトリック氏自身も、まるで催眠にかけられたかのように、自分が精神的に現実離れしていくのを感じました。

 グループを脱出した後、パトリック氏は更に異端のグループの研究を続け、やがて、「洗脳解き」と呼ばれる救出活動を行うようになったのです。その短刀直入的なアプローチの仕方で、異端のグループから「黒い雷」というあだ名をもらつた彼は、洗脳を解かれた子供とそのご両親にとってはまさに救世主でしたが、「統一協会」や「神の子供たち」や「ハリークリシユナ」などのグループの間では、「悪魔の親方」として知られていました。 テッド・パトリック氏の他にも、以前、異端のグループと関係のあった十数人の人々が「洗脳解き」の分野で活躍するようになりました。彼らは、グループから引き離して話ができる状況を作るために、しばしば、異端の信者を遠い所に連れ去ったりしました。そして、「洗脳解き」が失敗に終わり、信者に訴えられた場合、刑務所に入れられることもありました。しかし、信者が未成年の場合、連れ去る時、信者の両親の指導の元で、警察の協力が得られることもありました。

説得(脱会を目的としたカウンセリング)

 「洗脳解き」は未だに小規模で行われていますが、最近では、もっと望ましいアプローチが用いられています。それは、ステイープン・ハッサン氏の『マインド・コントロールの恐怖』の中で説明されたものです。ハッサン氏は、統一協会の元幹部です。彼は協会のための経済活動をしている最中に、疲労のために居眠り運転をして事故を起こした後、「洗脳解き」を受けました。ユダヤ教徒だったお母さんが、彼が足を折るように祈っていましたが、果たしてその通りになったので、家族はその機会を逃さず、「洗脳解き」の専門家に息子の救出を依頼した訳です。「洗脳解き」は成功しましたが、ハッサン氏は今、「説得」という新しいアプローチを提唱しています。「洗脇解き」とどこが違うのでしょうか。

 「洗脳解き」は普通、信者を保護し、グループから隔離させることから始まります。最近のテレビ番組に、リツク・ロースという「洗脳解き」の専門家が出演し、マインド・コントロールを用いるグループから一人の青年を救出したことを話しました。青年は家族の手によって連れ去られて、ホテルの部屋に閉じ込められ、数日間にわたって話を聞かされたり、質問を受けたりしました。結局、この青年はグループを出ましたが、あるテレビ視聴者は、「洗脳解き」自体がマインド・コントロールの一種であるという印象を持ったようです。しかし、マインド・コントロールの専門家であり、カリフォルニア大学の心理学の教授であるマーガレット・シンガー氏は、その可能性を否定します。

 「私は、カルト教団の入会と、『洗脳解き』とを、全く別の心理学的現象と見ています。カルト教団のリーダーは、新入会者の思考を停止させ、カルトに合った考え方を覚えさせ、過去を忘れさせ、視野を狭めます。それに対して、『洗脳解き』のプロセスにおいて、人は再び自分の頭を使って反省したり、考えたり、自分の人生経験に基づいて判断したりすることができるように、自由にされていくのです。」

 ほとんどの人は、愛する家族に対して強硬手段を用いることを好まないかも知れません。また、ある人(特に異端のグループに子供を取られた親)は、グループの危険性を重く見て、家族を監禁状態にしたために逮捕されても良いと覚悟を決めています。しかし、多くの場合、家族にとっては、「説得」というアプローチのほうが望ましいでしょう。武力に訴えることもないし、本人をだますこともないからです。では、どのように「説得」を行うのでしょうか。また、「説得」をする人の資格は何でしょうか。

 「説得」は電話から始まります。異端のグループに入っている人の家族か友人が、「説得」の専門家に相談します。「説得依頼書」が郵送され、家族が必要事項を記入します。例えば、本人がどのようなきっかでグループに入ったのか、それに対する家族の反応はどうであったのか、グループをやめさせるためにどんな手段を取ったかなどです。カウンセラーの専門家は依頼書に目を通した後、家族に説得に関する詳細を説明し、料金について話し合います(交通費を入れると、料金が数十万円になることもあります)。もし、両方の承諾が得られれば、諸段階における計画を立て、それを本人にオープンにして実行するか、それとも隠して実行するかを決めます。すべてをオープンにして説得の計画を実行する場合、普通、カウンセラーが三日間をかけて、異端の信者と直接、話します。このような計画を受け入れそうにない人の場合は、秘密の計画を立てます。これには多くの準備が要されますが、例えば、本人が偶然に、本人が入っているグループと異なる他の異端のグループの元メンバーに出会うようにします。そこで、その他の団体の元メンバーは、自分の体験を話し、それを本人の状況に関連づけ、本人の心に疑問の種を蒔く訳です。このような「出会い」の場所として考えられるのは、バスの停留所、店、職場、あるいは家(家族の誰かが他のグループの元メンバーを食事に招く)です。簡単な原理ですが、異端の信者(例えばエホバの証人)は、他のグループの元メンバー(例えば統一教会の会員)と話しても、特に警域心は持ちません。しかし、統一教会のマインド・コントロールのテクニックのことが話題に出れば、エホバの証人は自分の団体との共通点に気付くかも知れません。教理が異なっても、マインド・コントロールのテクニックに関しては、はとんど同じものが用いられているからです。 

 秘密(異端のグループに入っている本人に内証)の説得のために十分な準備が整ったら、カウンセラーと共に、グループの元信者が登場します。

 説得は通常、三日間、続きます。本人にとっても、また、家族や関心を持つ友人にとっても都合の良い時期を選びます。場所は普通、ホテルの部屋か、邪魔される心配のない所にします。最初の日の朝、家族は、本人が今までかかわってきたグループについて知らないことがあるのではないかと心配している旨を、本人に話します。また、もし様々な角度から情報を得てくれれば、とても安心するということ、話を聞いた後、それでもグループに留まることを決心するならそれを認めてあげるということを説明します。無理矢理にグループから引き離そうとしているのではなく、本人が選んだその道が正しいのかどうかを確認したいと思っているだけだ、ということを強調します。このようなアプローチは、カウンセラーに制限を与えますが、本人にとって、次のようなメリットがあります。

 ◎・本人の意思が専重され、いつでも、出て行く自由がある。
 ◎異端のグループの組織も指導者もけなされない。
 ◎カウンセラーは攻撃的なアプローチを取らず、議論もしない。
 ◎家族はその場にいるが、批判しないようにという指示を守る。
 ◎カウンセラーは、本人が自分で疑間を持ち、自分の思っていることを自由に話すように促す。

カウンセラーとの対面

 本人がヒステリーを起こすことのないように、また指導者と連絡を取って説得されることのないように、家族は最初の日の朝に、カウンセラーと話をする計画を本人に打ち明けます。更に、この計画の実現のために、どれだけのお金と労力を費やしたかを説明します。ほとんどの人は、見知らぬ人と宗教の話をするのを拒んだくらいのことで、自分が考え方が狭いとか、バカだと思われたくありません。また特に、敬愛する友人が同席している場合、自分のために家族が無駄な努力をし、莫大なお金を浪費したということになっては困る、と考えます。(ほとんどの人は、異端のグループとかかわる前に親しくしていた友人がいるはずです。その人の協力が得られなければ、家族でも構いません。理想的なのは、本人とカウンセラー、元信者、そして重荷のある家族か友人二人で話し合いの場に臨むことです。)しかも、本人は、脅迫でもされない限り、自分の信仰の弁明ができると思っています。もしかすると、説得の場を自分の信仰を強めるチャンスととらえ、自分がマインド・コントロールされているのではないことを家族に証明する機会だと見る可能性があります。

第一日目

 カウンセラーは、本人を追い詰めることなく、むしろ、本人を精神的に励ますようにします。「頭が悪い」とか、「洗脳されている」という言い方をしません。

 異端のグループに入る人は、一般の人より知性が低いということはありんせん。むしろ、多くの場合、彼らは優秀な人間です。純真で、頭も良く、高い理想を求める人たちです。そのほとんどは影響を受けやすい時期、つまり人生の転換期に勧誘されています。

 説得の大部分は、対話と質問から成ります。カウンセラーは、本人がどうしてグループに入ったのか、十分にグループのことを調べずに入ったことは賢明なことだったかどうか、本人に考えさせます。その信仰にも、組織への忠誠にも論理的欠陥があり、組織と感情的なつながりにも問題があることに気付けば、本人は組織にいられなくなるだろう、というのが、カウンセラーの揺るがない確信です。

 他宗教、政治団体、マインド・コントロールを用いるその他のグループに関するビデオをたくさん見ます。自分たちこそ真理を持っており、神の選ばれた預言者に従い、地上における唯一の正しい宗教に属していることを確信していたという人々の証言を聞くに連れて、本人は心の中で、動揺を覚えます。精神的ストレスを与え過ぎないように、また、孤立化されないように、カウンセラーは注意を払い、本人のペースに合わせます。

 他のグループの元信者の体験談を聞いた後、彼らについて質問をぶつけます。彼らは変わった人々に見えたのか、それとも、ただたまたまだまされた、ごく普通の人間のように思われたのか、ということです。更に、カウンセラーは、次のような質問をよく用います。

 「彼らは、自分の組織やリーダーのことをどう思っていましたか。」

 「どのような動機で、グループに入りましたか。」

 「どうしてグループを出ましたか。」

 自分のグループと何らかの教理的、あるいは外見的な違いがあるにせよ、同じマインド・コントロールのテクニックを使って、信者の心に恐怖心と罪貴感を植え付けるということを、本人は次第に悟るようになるでしょう。ビデオを見せられてすぐ、自分の組織の在り方との共通点に気付くこともよくあります。その場合、本人が気付いたことについて、カウンセラーが尋ねると良いでしょう。

第二日目

 二日目になると、本人の属している組織とそのリーダーたちに話の焦点を合わせることができます。攻撃するのでなく、客観的にグループの歴史を見ていきます。組織の文書、また一般の歴史書やニュースメディアのもの(新聞・雑誌・本・映画のドキュメンタリー等)を用います。もし提示されたものの信用性に関する疑問があれば、カウンセラーはそれを受け入れて、すべての情報が事実に基づいていることを示していきますが、独断的な印象を与えず、また、本人に表現の自由を許しつつ、情報を拒絶する姿勢に対して疑問を投げかけるのです。ある程度まで結論か出るまで、話題を変えません。また、本人が事実から逃れるために話題を変えるようなことを許しません。

 場合によっては、二日日の終わりごろになると、本人は組織に対する疑問をこぽすようになります。「もし、私がこの組織を出たとしたら‥‥」というような言葉を言い始めるのですが、これは説得が成功しているというしるしです。

第三日目

 三日日の話し合いの内容は、本人自身の良心による善悪の判断のことが中心になる可能性があります。うまくいけば、好奇心が沸いて来て、自分から質問するようになります。聖書を使うカルト教団(エホバの証人等)のメンバーであれば、聖書について話し合います。ここで、話し合いに参加していた元信者の知識や経験が大いに力を発揮します。特に、元信者がクリスチャンの場合、聖書の歴史や解釈に関する話に貢献できます。歴史における宗教としてのキリスト教を説明しながら、当時の歴史的背景を考慮して聖書を解釈することの重要性や、現代の自称預言者の意見を鵜呑みにすることの間違いを指摘します。聖書の解釈は神秘的なものではないし、ごく限られた少数の人々にしかできないことではないと説得します。そこでまた、カウンセラーは組織を離れても生きていけるということを話します。組織なしで幸せな充実した人生が送れることは、元信者の存在が証明しています。

 三日目が終わりに近づくと、十分な情報が提供され、様々なことが話し合われているので、本人は自分が多くの点で組織に対して誤った認識を持っていたことを理解しているはずです。そこで、これからどうするかと質問します。事実を隠したり、都合の悪い情報を伏せたり、嘘をついたりするような組織にとどまることを良心が許すのか。部分的に嘘だと分かっている教えを人に勧めることができるのか。このような質問は、組織を離れる決意を促すものです。一時的に組織から離れて問題を考えてみようという程度の決意であるかも知れませんが、フォローアップがしっかりしていれば、完全に組織と手を切るという決心に至らなくとも、問題はないでしょう。本人は既に結論を出しています。考えを整理するための時間が必要なだけです。そこで、そのプロセスを助けるために、しばらくはグループの人と会わないように指導します。もっとも、三日間もの説得を受けている人は、仲間をも目覚めさせなければという思いを抱くことはあっても、組織に戻る気持ちにはならないでしょう。

フォローアップ

 次の理由でフォローアップが必要です。

 ◎この時点でまだ、組織(仲間)との感情的なつながりがとても強い。
 ◎寂しさや幻滅感のために組織に戻る可能性がある。
 ◎しばらくの間、組織を離れる決心がぐらつくことが考えられる。
 ◎将来に対する不安がある。

 フォローアップのため、カウンセラーも元信者も、縦続的に本人とコンタクトを取ります。そして、疑問に答えたり、話を聞いたり、精神的なサポートを与えたり、チャレンジとして新しい人生に立ち向かって行くように励ましたりします。説得を受けている間にたまったストレスを発散させるために、スポーツ等のレクリエーションを計画したり、家族と時間を過ごしてもらったりすることも良いでしょう。ごく普通の人々と接することが大切です。そのうちに、自分の体験を人の前で話すように、励まします。そのこと自体がとても効果的な精神療法となります。一人ではないことを本人に認識させながら、本人を受け入れてくれるサポート・グループを紹介します。立ち直るのに時間がかかるので、焦らないように、家族や知人を指導します。もし、本人がグループに入る前に情緒的、あるいは精神的な問題があったなら、カウンセリングなどでそれらの問題に対処する必要があります。

 カルト教団を離れた者の癒しのプロセスは、場合によっては何年もかかります。しかし、愛する者のためなら、決して惜しい年月ではないでしょう。(完結)


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