第四章:新しい契約の元における「血」の意義

イエス・キリストの血に対する態度

 イエス・キリスト自身は聖書の中で血を食べることに関しては、直接何の言及もしていません。そのこと自体、この血の教えがキリスト教の中核となる教えではないことを示しています。しかし、幾つかのイエス・キリストの言葉と態度の中に、彼の血に対する見方を推測させるものがあります。先ず、イエスが口から入る食物一般に関して何と言ったでしょうか。マルコの7章15節から見てみましょう。

15外から入って行ってその人を汚すことのできるものは何もありません。人から出て来るものが人を汚すのです」。17さて,[イエス]が群衆から離れてある家に入られると,弟子たちがこの例えについて彼に質問しはじめた。18それで[イエス]はこう言われた。「あなた方も彼らのように悟る力がないのですか。外から入って行くものは何一つとしてその人を汚すことができないことに気づいていないのですか。19それは,[その人の]心の中にではなく,腸の中に入って行き,それから下水に出て行くからです」。こうして[イエス]はすべての食物を清いとされたのである。20さらにこう言われた。「人から出て来るものが人を汚すのです。21内側から,つまり人の心から,害になる推論が出て来るのです。すなわち,淫行・盗み・殺人・22姦淫・貪り・邪悪な行為・欺まん・みだらな行ない・ねたむ目・冒とく・ごう慢・理不尽さです。23これら邪悪な事柄はみな中から出て来て,人を汚します」。(マルコ7:15-23)
 すべての食物を清いとされたイエスが、血液だけはあなたを汚すと言ったでしょうか。

 次の血液に関するモーセの律法を破った女性に対するイエス・キリストの態度に注目してみましょう。

25ところで,十二年のあいだ血の流出を患っている女がいた。26彼女は多くの医者にかかってはいろいろな苦痛に遭わされ,自分の資産をすべて使い果たしたのに益を受けることもなく,むしろよけいに悪くなっていた。27イエスのことを聞いた彼女は,群衆の中でその後ろから来て,彼の外衣に触った。28「あの方の外衣にただ触るだけで,わたしはよくなる」と言いっづけていたのである。29すると,彼女の血の元はすぐに乾き,彼女はその悲痛な病気がいやされたことを体で感じ取った。30またイエスも,力が自分から出て行ったことをご自身のうちですぐに認め,群衆の中で振り返って,「だれがわたしの外衣に触りましたか」と言いだされた。31ところが弟子たちは,「群衆が押し迫って来るのを見ておられますのに,『だれが触ったか』と言われるのですか」と言いだした。32しかし[イエス]は,そのようにした者を見ようとして周囲を見回しておられた。33いっぽう女は,自分の身に起きた事を知り,恐れとおののきのうちにやって来て,彼の前にひれ伏し,すべてのことをありのままに話した。34[イエス]は彼女に言われた,「娘よ,あなたの信仰があなたをよくならせました。平安のうちに行きなさい。そして,あなたの悲痛な病気から解かれて健やかに過ごしなさい」。(マルコ5:25-34)
 この女性のやったことを、レビ記15:25−30に書いてあるモーセの律法と比較してみて下さい。これに関する罰則は、レビ記17:15、16と比較してみればわかる通り、血を適切に抜いていない肉を食べる、つまり血を食べることと、ほとんど同じでした。イエスはもちろん、この儀式的な律法を守るべきユダヤ人としてユダヤ人の社会の中に行動していたのですが、それでもこのような女性の場合、より柔軟に律法を適用すべきであり、何よりも「信仰」が盲従的に律法を守ることよりも重要であることを示されたのです。

 イエスはこの女性に対して戒めとして、律法を守り続けなさいと言い渡したでしょうか。イエスはただ「娘よ,あなたの信仰があなたをよくならせました。平安のうちに行きなさい。そして,あなたの悲痛な病気から解かれて健やかに過ごしなさい」と言っただけです。この一つの事例の中からだけでも、われわれはイエスの基本的態度を多く学ぶことができます。このイエスが、「血を食べることだけは例外で、どんなことがあっても血を食べない律法だけは永久に守り続けなければいけない」と言ったでしょうか。

 イエスのこの律法を柔軟に適用する態度は聖書の随所に見られますが、次の安息日に関するイエスの態度は、それを包括的に象徴するものでしょう。

9その場所を去ってから,[イエス]は人々の会堂に入られた。10すると,見よ,片手のなえた人がいた。それで彼らは,「安息日に[病気を]治すことは許されるだろうか」と[イエス]に尋ねた。彼を訴える理由を得ようとしてであった。11[イエス]は彼らに言われた,「あなた方のうち,一匹の羊を持っていて,それが安息日に穴に落ち込んだ場合,それをつかんで引き出さない人がいるでしょうか。12どう考えても,人は羊よりずっと価値のあるものではありませんか。それで,安息日にりっぱなことをするのは許されているのです」。(マタイ12:9-12)
 イエスの当時のユダヤの律法では安息日にどのような形であれ、仕事をすることは禁じられていました。実際、聖書の中には安息日の掟を破って死の処刑を受けた事例が記録されています(出エジプト35:2;民数15:32−36。ただし聖書には血の掟を破って死の処刑を受けた事例は記録されていません。)。しかしイエスは安息日に多くの病める人たちを奇跡により癒しました。イエスは自分が死刑になるほどの重大な罪を犯してでも、人を助ける愛の行為を優先したのでした。穴に落ちた羊のたとえは、このイエスの態度を端的に表現しています。ここにイエスは、愛が、書かれた律法を超越することを、たとえ話を通して教えているのです。命が危険にさらされている時、それはたとえ動物の命であっても、律法の規定は柔軟に運用されなければならないのです。このイエスの態度が、たとえ命を殺してでも血の律法を守り続ける、エホバの証人の態度と一致するものなのでしょうか。

自分の血を飲むことを教えるイエス・キリスト

 イエスが血を食べることを、別の角度から論じているところが聖書の中に幾つか出てきます。イエスは、処刑を前にした最後の晩餐で、象徴的な自分の血を飲むことを弟子たちに命じています。

26彼らが食事を続けていると,イエスはパンを取り,祝とうを述べてからそれを割き,弟子たちに与えて,こう言われた。「取って,食べなさい。これはわたしの体を表わしています」。27また,杯を取り,感謝をささげてからそれを彼らに与え,こう言われた。「あなた方はみな,それから飲みなさい。28これはわたしの『契約の血』を表わしており,それは,罪の許しのため,多くの人のために注ぎ出されることになっているのです。(マタイ26:26-28)
 イエスはまた、カペルナウムで群衆に向かってこう言っています。
52そのため,ユダヤ人たちは,「どうしてこの人は,自分の肉をわたしたちに与えて食べさせることができるのか」と言って互いに争いはじめた。53そこでイエスは彼らに言われた,「きわめて真実にあなた方に言いますが,人の子の肉を食べず,その血を飲まないかぎり,あなた方は自分のうちに命を持てません。54わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち,わたしはその人を終わりの日に復活させるでしょう。55わたしの肉は真の食物であり,わたしの血は真の飲み物なのです。56わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は,ずっとわたしと結びついているのであり,わたしもその者と結びついています。57生ける父がわたしをお遣わしになり,わたしが父によって生きているのと同じように,わたしを食する者,その者もまたわたしによって生きるのです。58これは天から下って来たパンです。それは,あなた方の父祖が食べてもなお死んだようなものではありません。このパンを食する者は永久に生きるのです」。(ヨハネ6:52-58)
 「54わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち,わたしはその人を終わりの日に復活させるでしょう。」この言葉は、血を食べることの禁制をよく知っているユダヤ人にとっては、間違いなく肝を抜く発言だったのでしょう。次の60節で大勢の追随者が、こんな話には従っていけない、と言ってイエスについていくのをやめたのも理解出来ます(66節)。それでは何故、イエスはこのような肝を抜くようなことを追随者たちに言ったのでしょうか。その理解の鍵は、上に引用したマタイ26:28の言葉、「わたしの『契約の血』」にあります。

「古い契約の血」と「新しい契約の血」

 ノアの契約、モーセの律法で解説したように、古い契約では、動物も人も、その命は血液によって象徴され、血液をエホバに返す儀式により、死んだ命の贖いが得られることになっていました。血が動物や人間の命を意味するが故に、それはエホバに属し、人間が勝手に乱用したり食べたりしてはならなかったのです。命が神聖であるが故に血も神聖だったのです。

 これに対し、新しい契約ではイエスが血を流し、彼のこの地上での命を犠牲として捧げたことにより、全人類の命を救うことになりました。すなわち新しい契約ではイエスの血は全人類の永遠の命の象徴であり、それは古い契約のように儀式的にエホバに捧げられて終わるものではなく、全ての人の中に取り入れられて生き続けるものになったのです。これが「新しい契約の血」の意味なのです。それ故、イエスは「わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち」と言ったのです。そこにあるイエスの態度は、もはや物理的、物質的な血を飲むことを禁じる古い契約を乗り越えて、象徴的な血を飲むことを命じる新しい契約の出発を知らせているのでした。

 この点はヘブライ9章で、詳しく解説されています。先ず、古い契約の元では血がどのように神聖な儀式に関与していたかを述べた後、「これらは肉に関する法的な要求であって、物事を正すための定められた時まで課せられているのです(10節)」と述べ、キリストが来るまでの一時的な取り決めであることを示しています。それに続き11節からは、キリストの血が、古い契約と対照的に新しい契約でどのように人を神聖なものとするかを述べています。

11しかし,キリストは,すでに実現した良い事柄の大祭司として来た時,手で造ったのではない,すなわち,この創造界のものではない,より偉大で,より完全な天幕を通り,12そうです,やぎや若い雄牛の血ではなく,ご自身の血を携え,ただ一度かぎり聖なる場所に入り,[わたしたちのために]永遠の救出を得てくださったのです。13汚れた人たちに振り掛けられた,やぎや雄牛の血また若い雌牛の灰が,肉の清さという点で聖化をもたらすのであれば,14まして,永遠の霊により,きずのないすがたで自分を神にささげたキリストの血は,わたしたちの良心を死んだ業から清めて,生ける神に神聖な奉仕をささげられるようにしてくださるのではないでしょうか。15こうして[キリスト]は新しい契約の仲介者なのです。それは,以前の契約下での違犯から贖いによって釈放するための死が遂げられたことに基づいて,召された者たちが永遠の相続財産の約束を受けられるようにするためです。(ヘブライ9:11-15)
 そして9:16−22では血の神聖さと血の犠牲による赦しの重要性を強調しています。20節の「契約の血」に注目して下さい。
16契約のなされるところには,契約締結人の死が備えられねばならないのです。17契約は死んだ[いけにえ]の上に立って有効なのであり,契約締結人が生きている間は効力を持たないからです。18それゆえ,以前の[契約]も血なしに発効したのではありません。19律法にしたがってすべてのおきてを民全体に語った後,モーセは,若い雄牛とやぎの血,それに水と緋色の羊毛とヒソプを取り,書そのものと民全体とに振り掛けて,20「これは,神が務めとしてあなた方に課した契約の血である」と言ったのです。21それから彼は,天幕と公の奉仕のためのすべての器に同じように血を振り掛けました。22そうです,律法によれば,ほとんどすべてのものが血をもって清められ,血が注ぎ出されなければ,許しはなされないのです。(ヘブライ9:16−22)
 次の部分ではこれと対照的に、いかにキリストのただ一度の血の犠牲が人類の罪を清めるかを述べています。
23それゆえ,天にあるものを模型的に表現したものはこのような手段で清められ,天のものそれ自体は,そのような犠牲より勝った犠牲をもって[清められる]ことが必要でした。24キリストは,実体の写しである,手で造った聖なる場所にではなく,天そのものに入られたのであり,今やわたしたちのために神ご自身の前に出てくださるのです。25それはまた,大祭司が自分のではない血を携えて年ごとに聖なる場所へ入るように,何度もご自身をささげるためでもありません。26そうでなければ,世の基が置かれて以来何度も苦しみを受けなければならなかったでしょう。しかし今,ご自分の犠牲によって罪を取りのけるため,事物の諸体制の終結のときに,ただ一度かぎりご自身を現わされたのです。27そして,人がただ一度かぎり死に,そののち裁き[を受けること]が定め置かれているように,28キリストもまた,多くの人の罪を負うため,ただ一度かぎりささげられました。そして,彼が二度目に現われるのは罪のことを離れてであり,それは,[自分の]救いを求めて切に彼を待ち望む者たちに対してです。(ヘブライ9:23−28)
 これらの聖書の記述から、われわれが真剣に考えなければならないのは、イエス・キリストによる新しい契約が人類に与えられ、イエスの一度だけの象徴的な血の犠牲によって人類の罪が許され、永遠の命が与えられるようになった後で、どれだけ古い契約の物質的な血が重要な意味を持つのかという問いなのです。

 たとえて言えば、「手形」(血)という物質は「命」というものを買い取る「代価」でした。「命」という実体が与えられるまで、その「手形」は「命」と同等の貴重な価値をもっていました。しかし、いったん「命」という実体が与えられた後、その「手形」という紙切れに何の価値が残っているでしょうか。この紙切れはまさしく紙切れでしかないのです。イエスの血の犠牲が捧げられ、それによりキリストを信じる者全てにその「代価」である「命」が与えられた後では、血もまた動物の肉体を構成する物体の一部としての価値しかなくなったのです。イエスが「血を飲みなさい」と言って弟子たちの肝を抜いた時、古い契約の元での物質としての血の価値の終わりと、イエスの血を取り入れることによる永遠の命の始まりを告げ知らせたのです。



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